淡雪
「やれやれ」

 呟き、ちん、と納刀して、男は固まってしまっている奈緒を見た。
 男と目が合い、びくんと震えた拍子に、がくんと奈緒の膝が折れた。

「おっと」

 足元の泥に突っ込む前に、男が手を出した。

「こんなところに倒れちゃ、泥だらけになるぜ」

 男の低い声が、至近距離で聞こえる。
 がくがくと震える膝を何とか立たせ、奈緒は慌てて男の腕から逃れようとした。
 少し身体が離れたところで、ふと男の手が奈緒の頬に触れた。

「あ、泥がついちまったな。すまん」

「え……あ」

 少し乱暴に、ぐい、と指で頬を拭われる。
 男が下駄を投げたときに、泥が飛んだのだろう。

「だ、大丈夫です! あのっ」

 ようやく頭が動き出し、奈緒は声を上げた。
 助けて貰ったのだ。
 礼を言わねば。

 が、男はきょろ、とその辺りに視線を流した。

「あ、あったあった」

 一点で止まった視線の先を見れば、下駄が落ちている。
 はた、と気付くと、男の片足は素足だった。

「やれやれ、泥だらけになっちまった」

 ぶつぶつ言いながら下駄を拾い、男は手水のほうに歩いていく。
 そして柄杓で水を汲んで、足を洗った。
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