淡雪
「習い事の帰りか」

 ちらりと奈緒の抱えている袋を見て言う。

「あ、はい。三日に一度ですけど。あの、黒坂様は、今日もお参りに?」

「ああ、まぁ」

 曖昧に言う黒坂は、どこか心ここにあらずといった感じだ。
 そういえば、誰かといるなど珍しい。
 思わずまじまじと黒坂を見ていた奈緒に、また彼は妙な目を向けた。

「何だよ。何かついてるか?」

「あ、いえっ!」

 赤くなって視線を逸らす。
 そんな奈緒をどう解釈したのか、黒坂が、ああ、と呟いた。

「こないだのことなら、気にするこっちゃねぇ。旦那の気まぐれだろうよ」

「え?」

「何も本気で俺に嫁そうってんじゃねぇだろ」

「あっ! いえ、その、それは別に……」

 ぶんぶんと顔の前で手を振りながら言う奈緒に、黒坂はあっさりと軽く手を挙げた。
 さっさと背を向ける。

 何となく、気もそぞろだ。
 奈緒のことなど眼中にないような。

 久しぶりに会ったというのに、大して会話もせず、目も合わせない。
 もしかして黒坂自身が奈緒を求めたのかも、と思っていたが、その彼から『あれは旦那の冗談だ』と言われた。

 だが冗談だとすると、やはり借金の担保に奈緒を取る意味がわからない。
 奈緒がいろいろ考えているうちに、黒坂の姿は境内から消えてしまった。

「はぁ……。ていうかあの人、私のこと、どう思ってるんだろう」

 小槌屋がわざわざ指名したからには、黒坂も奈緒のことをそれなりに想ってくれているものだと思っていた。
 だが今回の素っ気なさは何だろう。
 単に照れているだけなのだろうか。

 そんなことを考えながら帰路を辿っていると、良太郎が前から歩いてきた。

「奈緒殿。三味線の帰りですか?」

 奈緒の家に行ったものの、いなかったので迎えに来たらしい。
 すっかり心配性になっている。
 そのまま二人は並んで歩いた。
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