淡雪
 舟宿のある辺りなら大体わかる。
 釣り客が多いので、新鮮な魚介類が多く、それを求めてくる者も多い。
 飯屋も美味いので、左衛門に連れられて何度か来たこともある。

 奈緒は先程良太郎から聞いた情報を元に、舟雅という舟宿を探していった。
 まだ日も落ちていない時刻だし、ここいらは怪しげな界隈でもない。
 女子が一人でいようと、特に気にしないでよかった。

---とはいえ、逢引きって、こんな昼間にするもんかな?---

 何となく、人目を忍ぶ、というだけで、夜という気がする。
 そういう経験もない、まして人妻でもない奈緒には、男と忍んで会うのがどういう人か、また、いつがいいのかなど、さっぱりわからない。

---舟雅を見つけたら、その辺りで張っていれば会えるんだろうけど---

 だが何故そんなに気になるのか。
 深く考える間もなく、ここまで走ってきてしまったが、別に黒坂が誰と会おうがいいではないか。

 小槌屋からすると、奈緒は黒坂の許嫁かもしれないが、それとてあくまで仮である。
 奈緒にだって、そんな気はない……はずだ。

「はぁ……。何やってるんだか。お茶でも飲もう」

 川沿いから少し奥まった小さな道に入り、奈緒は目についた茶屋で団子とお茶を頼んだ。
 中の道には旅の客を当て込んだ土産物屋や茶屋があり、気軽に腰を下ろせる。

 店の柱に寄りかかって、ぼんやり往来を眺めていた奈緒は、川べりから上がってきた女子に目を止めた。
 俯きがちで、地味な装い。
 足早にこちらに歩いてくると、奈緒の前まで来ず、手前で角を折れてしまった。

---ああいう人が、逢引きに来てるのかな?---

 もぐもぐと団子を食べ、何となく女子の消えた角を見る。
 他に入っていく者はいない。
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