淡雪
 会いたい、というよりは、黒坂のことを聞きたいのだ。
 奈緒は黒坂の隣に腰を下ろすと、わざと軽く言った。

「音羽花魁の禿の子が私に突っ込んできて、はずみでどろどろになってしまって。それで、招き屋で乾かしてたんです。そのときにちらっとは会ったんですけどね」

「禿? 揚羽に会ったのか。どこでだ?」

 黒坂が奈緒に向き直った。
 反応の激しさに、ちくりと奈緒の胸が痛む。

「花街ですよ。友達と、梅を見に行ったんです」

「いつ頃だ」

「……いつだったかなぁ」

 黒坂の必死さに気分を害し、奈緒はすっとぼけた。
 心に、また黒い染みが広がっていく。

「何でそんなこと聞きたいんです?」

 横目で言うと、黒坂は我に返ったように目を逸らした。
 が、その目は境内を見回している。
 揚羽を探しているのだろう。

「大体何で、黒坂様が揚羽さんのことを知ってるんです?」

「……俺は男だぜ。遊郭に行くことだってあらぁ」

「嘘仰い。黒坂様のような浪人が、招き屋に行けるわけないでしょう。まして花魁に会うだなんて」

「言ってくれるな」

 黒坂が、奈緒を見る。
 その冷淡な瞳に、奈緒は、しまった、と思った。

 心のもやもやに任せて、失礼なことを言ってしまった。
 黒坂だって、好きで浪人になったわけではあるまい。

「ごめんなさい。でも気になります」

 小さく言うと、黒坂は、少し訝しげな顔をした。
 そして視線を前に戻す。
< 54 / 127 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop