淡雪
 だが三日で状況が好転することもなく、男たちは再び現れた。
 しかも、今回は人数が多い。

 その日は家にいた奈緒は、母親に『奥にいなさい』と言われて引っ込んでいたものの、こそりと隣の部屋で聞き耳を立てていた。

「困るんですよ。いえ、高保様はお得意様ですしね、こちらとしましても、手荒な真似はしたくないんですよ。でもねぇ、一銭も返って来ない上に、新たな借金を申し込まれても」

「い、いやだから、今は返せなくても必要なのだ。今回さえ乗り切れば、きっと返す」

「大体、何度目だと思ってるんです。せめて初回の分ぐらい返してから言ってくださいよ」

 呆れた声と共に、しゅ、と衣擦れの音がした。
 喋っている男が、少し動いたようだ。
 それが合図だったかのように、新たな声が聞こえた。

「旦那さん。そんな博打みてぇなこと言いなさんな。今回だけ、次は返すってのは、返す気のない野郎の常套句だぜ」

 その声に、奈緒は、え、と顔を上げた。
 この少し掠れた低い声。
 奈緒は手を伸ばし、襖を細く開いた。

「な、何を申すか。返す気がないなど。大体おぬしは何者だ?」

 父の声が気色ばむ。
 それに驚き、襖にかけた手に力が入った。

 あっと思ったときには、思ったより大分大きく襖が開いていた。
 皆の目が、奈緒に注がれる。

「奈緒っ。奥にいなさいと言われただろう」

「おやこれは。お嬢様ですか」

 部屋の中には、父と、おそらく札差、その店の者が二人。
 そしてもう一人。
 刀を持っているから侍だ。

 その男に、奈緒の目は釘付けになった。
 向こうも奈緒に気付いたらしい。
 ちょっとばつが悪そうに、目を逸らせた。
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