バージンロードで始めましょう~次期社長と恋人契約~
 でも泡立つように鼓動を刻むこの心で思うことは、ひとつだけ。

『私たちは偽りの恋人同士。ふたりの間にある物は、なにひとつ本物じゃない』

 そして絡み合う視線だけで、目の前の人の心の中を読み取ろうとするけれど、なにも得られないまま時間だけが過ぎていく。

 やがて蓄音機が奏でるメロディーは止まり、代わりに流れる静寂が、特別な時間の終わりを告げた。

 けれど、私と彼は静まり返った世界の中で立ち止まったまま、身じろぎもせずに見つめ合い続けていた。

 視線を逸らすことができない。

 手を離すことができない。

 声も、出せない。

 彼の胸が静かに上下する様と、瞬きもせずにこちらを見つめている眼差しを、胸苦しさを抱えながら見つめ返すだけ。

 いつもより速いリズムを刻む心臓が、痺れるような頭が、この状況に警告を発している。

『ダメ。これは本物じゃない。なによりも私は、二度と恋なんかしないってあんなに強く誓ったはず』

 なのに、言葉にできない甘い疼きを伴うこの感情は、どうしてこんなにも私の中から溢れ出ようとするの……?
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