私たちは大人になった
もうすぐいなくなる相手を前に、それを言う勇気はなくて。
だけどさっきの温もりをなかったことにはしたくなくて、驚いた優の少しの隙をついてその唇に自分の唇を押し付けて、私はそのまま自宅に走った。
努めて平静を装って玄関を開け、先に帰っていた両親にただいまの声をかけてすぐに自室に入ると、そのまま扉にもたれ掛かってずるずるとしゃがみこむ。
優は最後、どんな顔をしていただろう?
あれが最後だったのに、顔も見ずに、頑張っての一言も言えずに去ってしまった。
キスをしたことよりも、その後悔の方が大きくて大きなため息が出た。
初めてのキスは、自分の気持ちを押し付けるだけの幼さと必死さだけが入り交じった苦いもので、少女漫画のようにうっとりと余韻を反芻することもできないものだった。
けれど、唇に残る熱よりも、感触よりも、抱き締められた時の腕の強さと、体が離れたときの寒さを体は覚えていて、閉ざされた扉のこちら側で自分の腕を抱き締めた。
腕に閉じ込められた空気は温もりも心音もくれないけれど、自分の心臓だけはとくとくと脈を打っていて、もう会えない事実だけを浮き彫りにした。
今思えば、よくそんな勇気が出たものだと思うけれど、それが最後だと思えばできた行動で。
良くも悪くも“会えない”という事実が私を衝動で動かしたのだ。
だから大学を卒業して、優がこの街に、ましてや、実家に帰ってくることなんて想像だにしてなかった私はその再会に、ただただ目を丸くさせるしかできなかった。