偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

「じゃあ、和哉……大和をよろしくね」

そう言って、美咲は抱きかかえた息子を魚住の手に委ねた。

「おう」と言って、魚住はわが子を片腕でひょいと抱える。

急に目線が高くなって興奮した大和は、うれしそうにキャッキャッと声を上げて、バダバタバタッと手足を動かした。

「おい、こら、大和。暴れるな、おとなしくしろって」

魚住は今度は息子を俵を担ぐように肩に乗せた。
大和はますます声を上げて、手足を泳ぐようにバタバタさせる。気分はプールの中だ。
当然、つい先刻(さっき)美咲が整えた身だしなみも、元の木阿弥だ。

すでに大和はスイミングスクールに通っていた。
運動神経のよい魚住だが、どういうわけか水泳だけが苦手なので、わが子にはそのような思いをさせたくなかったからだ。

「……普段は、東雲のタワマンでほとんどあたしと二人きりやからね。あぁやってパパに遊んでもらうの、うれしいてたまらへんのよ」

美咲は内心「やっぱりちょっと、調子に乗ってきたな」と思いながらも、ひらひらと手を振って、夫と息子を見送る。あとは知らない。

残業の多い職場なのは、稍がじゅうぶん知っていた。しかも、管理職だから、土日もなにかと潰れるのであろう。

突然、魚住が振り返った。

「ややちゃん」

いきなり名前を呼ばれて、稍は思わず間の抜けた顔になる。

「君……ずいぶん綺麗なお辞儀をするな」

そう言って、魚住はなぜかニヤリと笑った。

稍の静まっていた鼓動が再び、ばくばくし始める。やっぱり、ここへは来るべきではなかった。

……別に、課長には『ややちゃんと呼んで』と言った覚えはありません。
それより、あたしのことは記憶から直ちに抹消していただけませんか?

きょとんとした顔の妻を尻目に、魚住は息子とともに去って行った。

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