今宵は遣らずの雨

兵部少輔はゆっくりと、初音を三畳ほどの小上がりの、畳の上に沈めた。

「あの頃、たまの部屋へよく様子を見に参ったのは、たまを見るためでない……初音、おまえの顔を見とうなったから……おまえに逢いとうなったから参っておったのだ」

兵部少輔は妹の碧姫を「たま」と呼んでいた。


初音の両頬を、兵部少輔は両手のひらで包んだ。

「あの頃のおれは、おまえが早く一人前のおなごに育つのを、心待ちにしておった」

初音はしきりに顔を背けようとするが、両頬にある兵部少輔の手のひらが、それを許すわけがなかった。

「だが……おれには決められた相手がおるゆえ、おまえを側室にしかできぬ……おまえが早く他家(よそ)へ嫁入りさえすれば、忘れられたかもしれぬのに、おまえは一向に嫁ぐ気配がない」

兵部少輔は、苦しげに呟くと共に、初音に引き寄せられるように近づいていく。

そして、とうとう、二人のくちびるが合わさった。

兵部少輔は合わさったくちびるを重ねるだけではなく、しだいに強く深く吸っていく。

「ん……ぅんっ」

すると、それまでの初音の強張(こわば)りが瞬く間に(ほど)けてけて、思わず甘い吐息が漏れでた。

少し驚いた兵部少輔が、くちびるを離して初音を見る。

初音の方が自分の思わず漏れ出た声に、もっと驚いていた。顔じゅう真っ赤に染まっている。

知らず識らずのうちに、息も上がっていた。

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