今宵は遣らずの雨

既に虫の息になっていたにもかかわらず、急遽
一回り歳下の従弟(いとこ)を呼び寄せた兵部少輔は、

「……左京」

と声をかけた。

「御前様……」

左京は、頬がこけ血の気も失せ(やつ)れて別人のようになった兵部少輔の顔を、やりきれぬ思いで見つめた。

三男の左京は江戸へ来て、一刀流の道場で剣術の修行をしていた。
いずれ国許(くにもと)に帰り、藩の剣術指南役でもできればと考えていた。

なにかと心を砕いて良くしてくれる兵部少輔のことは、実の兄たちよりも慕っていた。


「……初音の腹の子は……男だ」

兵部少輔は確信していた。


「その子が……一人前になるまで……

おまえ……この藩を……預かってくれぬか」

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