今宵は遣らずの雨
「……お師匠さん、まだまだこれからじゃけぇ、まずは腹拵えでもしてぇつかぁさいや」
娘に呼ばれて駆けつけたおとくはそう云って、竈のある土間で拵えた握り飯を、小夜里に差し出した。
とてもとても物を食べられる心持ちがしなかったので、小夜里が首を左右に振ると、
「今食べとかんと、ますます食べれんよ。身体がもたんけぇ、腹の子のためじゃ思うて食べてつかぁさい」
と云われたので、小夜里は仕方なく、握り飯を無理矢理口の中へ押し込んだ。
その間も、痛みは潮の満ち引きのように、時折襲っては去って行くを繰り返した。
張った下腹を支えるためか、今度は腰が重だるくなってきた。
「……腰をさすっておくれ」
小夜里がおきみにそう云うと、慌てて小夜里の背から腰にかけてさすりはじめた。
裏口で訪いの声がして、おとくが出て行くと、奥の長屋からおかみさん連中が助っ人にやってきたところだった。