大切なものを選ぶこと
「弘~、蓮さん借りていい?仕事入っててさ」
楓さんたちが帰ったタイミングで高巳が声を掛ける。
仕方がない…といった様子で蓮さんも帰り支度を始めた。
その時、今まで高巳と目すら合わせていなかった葵ちゃんが『高巳さん!』と口を開いた。
何とも言えない表情で葵ちゃんに視線を移した高巳。
「お嬢、何か?」
あれ…?
いつもの高巳じゃない。
冷たい声と冷たい視線。
なんで…?
高巳はいつもノリが良いし、楓さんや桜さんに対してもこんな他人行儀な話し方はしないのに…。
「今度の夏祭り、一緒に行ってくれませんか…?」
「それは命令ですか?」
高巳?
なんでだろう。いつもの高巳じゃない。
別人みたいだ。
「命令でも仕事でもありませんお誘いです。それに…高巳さん、仕事の時以外で『お嬢』って呼ばないで…」
「仕事でないのでお断りします。そして、仕事でないのなら俺のことを下の名前で呼ぶな」
「………」
「仕事中なら構わないがプライベートで一回り近く年の離れたガキに下の名前で呼ばれる筋合いはないよ」
「高巳!「美紅」」
そんな言い方…!と声を上げそうになったところで弘翔に止められる。
何も言うな。
無言だけど弘翔の目がそう語っている。
私だって仕事中でも仕事以外だって高巳を『高巳』と呼ぶ。むしろそう呼んでくれって言ったのは高巳の方だ。
なのに、葵ちゃんに対してだけあんな言い方…。
「高巳君、私たちはこれで失礼しましょうか」
気まずい雰囲気になっていたのに蓮さんが自然に助け舟を出してくれた。
「弘、また連絡するわ」
「あぁ」
「じゃあね美紅ちゃん。また」
「…………」
高巳の言葉に何も返せなかった。
なんで葵ちゃんにだけあんな態度…。
返事をしなかった私に一瞬困った顔をした高巳は少しだけ笑って、蓮さんと一緒に家を出た。