大切なものを選ぶこと
「俺は葵ちゃんが思ってるような男じゃないよ」
「……でも…」
「大事だよ葵ちゃんは。俺にとって間違いなく大切な人だ」
「なら…」
「ごめん。葵ちゃんを大切に思う以上に、返さなきゃいけない恩がある人がいる」
「…それって、蓮さん…?」
葵ちゃんの言葉に高巳は何も答えずに小さく笑った。
その態度が言葉よりも雄弁に答えを語っている。
「もし君と蓮さんが殺されかけてたら、俺は一瞬も迷うことなく蓮さんを助ける。
もし君に泣いて行かないでくれと懇願されても、俺は蓮さんの為ならどこへでも行く」
「…………。」
「俺は弘や聖弥さんとは違う。命を懸けて守りたい女性に出会う前に、命を懸けて恩を返さなきゃならない男に出会っちまった。俺が今ここにいるのも、葵ちゃんに出会えたのも、全て蓮さんのおかげなんだ」
この世界に入った時から、蓮さんの為に死ぬと決めている。
「…………。」
「…………。」
「それでもいいって言ったら?高巳さんの中で誰が一番だろうと、高巳さんが誰の為に生きようと、私はずっと高巳さんを好きでいるって言ったら?」
「勘弁してくれ。
俺がよくないよ、そんなの」
「なんで…!ッッ、私は!私は…高巳さんのそばにさえ居られればそれでいい「幸せになってほしいんだ」」
泣き叫ぶ葵ちゃんの言葉を遮ったのは、この場には似合わないくらい穏やかな高巳の声。
いつもの何倍も穏やかで優しい声に呆気にとられる。
「これだけ魅力的な女性だ。葵ちゃんだけを真っ直ぐに見て、全てを懸けて大切にしてくれる男が必ずいる」
「高巳さんがいいの!」
「俺じゃ君を幸せにはできない」
「なら幸せにならなくていい!不幸になってもいいっ!高巳さんさえいてくれれば…!」
「俺は君に、誰よりも幸せになってほしいんだ」
何度も同じことを言わせるな。
「元教育係が本気で怒ったらどうなるか、君が一番よくわかってるはずだ」
「ッッ、」
「…………。」
「…………。」
「…お嬢、俺は仕事がありますのでこれで失礼します」
葵ちゃんの返事を待たずにそれだけ言って、振り返らずに高巳は立ち去った。
辺りには、葵ちゃんの泣き声だけが響き渡った。