王太子の揺るぎなき独占愛
ジュリアはパイを見た途端、ベッドから起き上がり大きな笑顔を見せた。
「やったあ。体調が悪いとおいしいものを食べられるからうれしい」
侍女がパイと紅茶を用意するのを見ながら、ジュリアはベッドから降りた。
サヤは、王女であるジュリアなら、高価なシルクのナイトドレスを着ているようなイメージを持っていたのだが、普段自分が身に着けているような簡素な生地のものを着ていて驚いた。
けれど、それには小さな花の刺繍が丁寧にほどこされていて、シルク以上に素敵なナイトドレスに見えた。
さすがジュリア王女だと感心していたサヤは、部屋の真ん中にあるテーブルに駆け寄るジュリアを見て慌てて声をかけた。
「大丈夫ですか? 体がつらいようでしたらベッドにお運びします」
「大丈夫大丈夫。おいしいものはちゃんと椅子に座ってゆっくりと食べたいもの」
「ジュリア様、せめてこちらを着てくださいませ」
侍女がジュリアにガウンをかけた。
細い毛糸で編まれたそのガウンは極彩色ともいえるほど色鮮やかで美しい。
くるぶしまであるゆったりとしたデザインだが、手編みのようだ。
「きれい……」
侍女が引いた椅子にゆっくりと腰かけるジュリアの姿をまじまじと見ながら、サヤはつぶやいた。
オレンジを基調とし、緑や黄、赤といったくっきりとした色が強く目に入る。
「ふふっ。上手に編めたでしょ? この毛糸はね、こっそりと製糸工場に行って、職人たちと染色をして色を作ったの。この毛糸の色を作り出すまでに三年かかったわ」
「え、染色? 三年?」
サヤはジュリアの言葉に驚いた。
たしかにファウル王国は製糸業が盛んで、糸や織物は鉱物に次いで交易の主力商品となっている。
「で、ですが、ジュリア様が製糸工場で、ですか?」
「そうよ。刺繍用の糸で、どうしてもほしい色があったから作ってもらおうと思って工場に行ったのがきっかけなんだけど」
ジュリアはそう言いながらも目の前の洋ナシのパイが切り分けられた途端、フォークを手にとり食べ始めた。
「おいしいっ。パイの中でこれが一番大好き。洋ナシってそのまま食べてもおいしいけど、パイにした方が断然おいしい」
「……そうですね」