王太子の揺るぎなき独占愛
「無理って言われても、新しい王妃の最初の仕事だもの、やるしかないのよ。それに、刺繍といっても、袖口の裏側に紫のビオラの刺繍をするだけだもの、すぐにできるわよ」
「そんな……ジュリア様は刺繍が得意だから簡単におっしゃいますけど、私、刺繍も編み物もまったくできないんです」
「うん、そのことは、ダスティンから聞いたわ。サヤがお兄様と結婚することになって、まずそのことが気がかりだって心配してたもん」
「父が……」
ジュリアは「やっぱり父親ね、娘のことがよくわかってる」と笑った。
サヤはそんなジュリアの軽口に反応することもできず、頭の中は刺繍のことでいっぱいになった。
料理は得意で以前からしているが、刺繍や編み物は苦手で、ほとんどすることがない。
製糸業が盛んなファウル王国では、編み物も刺繍も当然のようにレベルが高く、他国から直接職人のもとに買い付けにくる商人も多い。
職人でなくとも、多くの国民が刺繍や編み物を楽しんでいる。
けれど、サヤはその両方ともが苦手で、今も「そんなこと、聞いてない」と頭の中で繰り返している。
ジュリアは混乱しているサヤを落ち着かせようと、刺繍の意味を話し始めた。
「あのね、即位式では新しい国王が、国のさらなる繁栄と国民の幸せを誓うんだけど、王妃も国王を支えることを誓うのよ」
ジュリアは言葉を区切り、サヤが硬い表情でうなずくのを確認した。
「はい、それは王妃教育が始まってすぐに教わりました」
ジュリアは口元をやわらげ、再び口を開いた。
「王妃が国王を支える最初の仕事が、軍服への刺繍なの。国の繁栄も大切だけど、まずは国王の健康を願って、軍服に国花である紫のビオラの刺繍をするの。ひと針ひと針、丁寧に、気持ちを込めてね。そうしている中で、王妃になる覚悟も生まれるし、国王がこの先ずっと健康で、そして、戦で軍服を着る機会がないように……。願いを込めて」
「戦……」
サヤは、その言葉に鋭く反応した。