王太子の揺るぎなき独占愛



「……レオン殿下」

 軍服のビオラを愛しげに見つめていたレオンは今、王城を離れ、国境沿いの採掘現場に行ってしまった。

 そこで作業員を人質にとった立てこもり事件が起きていると、ジークから聞かされた。

 犯人は少数で、ファウル王国とラスペード王国から大勢の騎士が現場に向かったから心配することはないと言われたが、レオンや出陣した騎士たちが無事に王城に戻るまで安心することなどできるわけがないのだ。
 
 ともすればレオンたちの安否ばかりを気にして何もできなくなる。
 王城内には不安が溢れ、現場から吉報が届くのを今か今かと待っているが、一向にその気配はない。

 解決が遅れているのだろうか。

 なにをしていてもレオンのことが気になり、心だけでなく体中が痛みを覚える。
 考えてはいけない万が一のこともふと頭をよぎり、これではいけないと、ジュリアを誘って洋ナシのパイを作ることにしたのだ。

「だけど、なんの連絡もないってどういうことかしら。麓の温泉でのんびりしていたらむかつくわね」

 ジュリアも、詳細な状況が入ってこないことにいら立っていた。

 ふたりは長い時間をかけて次々とパイを焼き、気づけばテーブルの上には十枚近くのパイが並んでいた。
 夢中で作業に励んでいる間は現実を忘れることができ、それによって不安な気持ちが多少なりとも小さくなる。
 
 サヤは最後の一枚が焼きあがったのを確認すると、窯から取り出し大皿に置いた。
 パイ生地の甘い香りと、お酒を少々効かせ甘く煮た洋ナシの微かな酸味。

 レオンの大好物だというパイを見つめながら、サヤは溢れる不安をどうすることもできずにいた。
 レオンに万が一のことがあれば自分はどうなるのだろう。
 きっと、まともな状態ではいられない。



< 232 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop