王太子の揺るぎなき独占愛
子どものころ、王家の森でレオンを何度も見かけ、遠くからその姿を目で追いかけた。
王太子としての責任をいったんおろし、気持ちを切り替えるように釣りに興じたり昼寝をしている姿を見かけるたび、サヤはときめいていた。
けれど、身分の違いだけでなく、王家の森のこと以外なにも知らないサヤが、レオンとの距離を縮められるとは考えられず、遠くから見ているだけで満足だった。
ドキドキしながらも、そっとしておこうと背を向ける瞬間の切なさは今もよく覚えている。
しかし運命は、サヤに次期王妃という思いがけない役割を与え、レオンとともに生きる未来へと導いた。
戸惑いと躊躇、そして不安に揺れながら、サヤは少しずつ運命を受け入れた。
生来の真面目な性格は、いったん王妃になると覚悟を決めれば彼女を強くし、王家の森への愛情を脇に押しやるほど、レオンのため、国のために努力を重ねた。
王妃教育にも真摯に取り組み、その集大成ともいえるビオラの刺繍はレオンが涙を浮かべて喜ぶほどの出来映え。
サヤが王妃に就くことに、誰ひとりとして不安を感じることはない。
そして、毒の存在を知らされたサヤが本心を口にしたことがきっかけで、ようやくレオンとサヤの気持ちが重なった。
その矢先に起きてしまった採掘現場での事件だ。
レオンにもしものことがあれば……。
二度とレオンに会えなかったら……。
大丈夫だと繰り返す陛下やジークの言葉を信じたいが、どうしても、不安ばかりが胸に溢れ、泣きそうになる。
「わあ、これって一番おいしそうに焼けたわよね」
気弱な思いに押しつぶされそうになっていたサヤは、ジュリアの大きな声に我に返った。
「立て続けに十枚近くも焼けば、上達して当然よね」
ジュリアは苦笑しながら焼きあがったばかりのパイを覗き込んでいた。
「ステファノ王子がここにいれば、この焼きたてを食べていただくんだけど」
弾む声を上げるジュリアに、サヤは笑顔を向けた。