王太子の揺るぎなき独占愛
「ご新居にも大きな焼き窯があるんですよね」
「そうなの。刺繍のための作業部屋といい焼き窯といい、私のために色々用意してくれているのよ。前国王陛下がよく利用されていた離宮を新居として使うんだけど、とても素敵なお城なの。落ち着いたらお兄様と一緒に遊びにきて」
ジュリアはそう言って、パイのカスタード部分をスプーンですくった。
「温かいカスタードって甘くて大好き」
パクリと食べると、目を閉じてそのおいしさに浸っている。
「そういえば子どものころ、焼きたてのパイを食べたお兄さまが口の中をやけどして大騒ぎしたの。私に横取りされないように慌てて食べたからなんだけど。あのときは私もむかついて大泣きしたの」
「今のレオン様からは想像できませんね」
サヤはくすくす笑うジュリアに笑顔を向けた。
そして、焼きたてのパイを切り分けると、皿にひとつ取った。
「実は、作業部屋で刺繍の途中なんです。そちらでこのパイはいただきますね。あ、陛下と妃殿下もパイを楽しみにしておられましたので、お持ちください」
サヤが皿を手に取り立ち上がると、ジュリアはもの言いたげな表情を浮かべた。
しかし、笑顔を浮かべたサヤの唇が震えているのに気づき、何も問うことなく気持ちを切り替えた。
「そうね。親子水入らずで過ごすのもあと少しだものね。お茶と一緒に持っていこうかな」
あと三日でジュリアの結婚式だ。
国王夫妻とゆっくりとお茶を楽しむのはこれが最後になるかもしれない。
ジュリアは寂しそうに笑った。
そして、サヤは親子水入らずという言葉に震えそうになるが、ぐっとこらえた。
ここにレオンがいれば、それこそ完全な親子水入らずになる。
「では、私は夕食まで作業部屋にこもっていると思いますが、ジュリア様は陛下たちと楽しいお時間をお過ごしください」
サヤは自分の声が震えていないかと気にしながらそう言って、作業部屋へ向かった。
その手には、まだ温かい洋ナシのパイが乗った皿があった。