君のことは一ミリたりとも【完】
「河田さん、ちょっと止まって。話がしたい」
「……仕事中だから」
「少しでいい。勘違いしてる」
「私は話すことなんてない」
とにかく冷静になる為にも今はこの場所からいなくなりたかった。
すると急に腕の拘束が離れ軽くなる。顔を上げると菅沼が私から唐沢の腕を引き剥がしていた。
「やめろ、嫌がってる」
「……」
彼はドスの効いた声で唐沢を威嚇すると私の身体を向きを変えて「行こう」と背中を押した。
その手の力に素直に従って会社の方向へ進む。するとあとから唐沢が追いかけてくる様子はなかった。
振り返ると菅沼に肩を抱かれている私を眺めながら、悲しそうにその場に立っている唐沢が目に入った。
なんで全部、こんな風になってしまうんだろうか。
「……」
帰ってからもパソコンに向かいながら仕事に集中出来ないでいた。
目を閉じると唐沢と知らない女性が腕を組んでいる姿が瞼の裏に浮かび上がる。
二人の雰囲気はカップルそのもので、楽しそうに会話する姿も絵になっていた。だから最初気が付くのが遅れてしまったのだ。
私の気が付いた時の唐沢の顔、一生忘れないだろうな。あんなに焦った顔の彼は初めて見た。
いつも未来さえも見透せているようなアイツも動揺したりするんだ。
唐沢もただの人間ってわけか。
結局、私はからかわれていたのか。