君のことは一ミリたりとも【完】
1時間だけ残業し、会社を出る時は菅沼と同じタイミングだったので駅まで共に向かうことにした。
唯一会社では心置きなく話せる相手なので隣にいると落ち着いていられる。
仕事の話をしながらエントランスを抜けるとそんな私たちの前に一人の女性が立ち塞がった。
「えっと、君は……」
菅沼が彼女を見て顔色を悪くする。
それもそのはず、私たちの目の前に現れたのは昼間に唐沢と腕を組んでいた若い女性だった。
冷や汗をかいている菅沼を無視して彼女は私に笑いかける。
「初めまして、新田加奈と言います。お話があって来ました」
無邪気な笑顔にキャラメル色の髪の毛が靡く。
彼女の視線は私に向けられたままだった。
その後、エントランスに併設されたカフェへ行くとお互いに飲み物を頼み席に着く。
菅沼も「俺がいた方がいいか?」と気を遣ってくれたが、これ以上私の事情に付き合わせるわけにも行かないので今日は先に帰ってもらった。
話すって言ったって何を、と前を向くと先程と変わらない笑顔を浮かべている彼女が「あっ」と胸ポケットに手をやる。
「すみません、文永総合社の新田加奈です」
「あ……河田です」
「河田さんですね」
会社は唐沢と同じところだ。あの仲を良さを見ると部署も同じなのかもしれない。
だけど話なんて、多分昼間のことだろうけど。私は彼女から伝えられる話を想像してはゾッとしていた。