君のことは一ミリたりとも【完】
「ち、違う……そういう意味じゃない」
「そう、じゃあまだ嫌い?」
「一ミリも好きじゃない」
「好きじゃないってことは嫌いでもないってことだ?」
ああ言えばこう言う、唐沢は色んな角度から私のことを煽ってきた。
でも昔に比べて彼に対する印象が変わったのは確かだった。高校の頃はいちいち面倒ごとで絡まれたり、煽られることがほとんどで顔を見るだけでも嫌だったのに今はこうして顔を合わせるのも普通になった。
彼にも彼なりの事情があってああいう態度を取っていたことを知ってからは心の中にあった「嫌悪感」が段々と薄れていっているのが自分でも把握できた。
事情はあれどもされたことは許しがたいことなので全てを許すというわけではないけれど。
でも生瀬さんのことで苦しかった時に寄り添おうとしてくれたのはこの男で、また自分の晒したくないことまで晒してぶつかってきたのも彼だけだった。
今までのことが全部嘘だったかのように生瀬さんのことを未だ忘れられずにいた私を受け入れてくれた。
だから好きってわけじゃないけど。そこまで私は簡単な女じゃない。
彼から受け取った珈琲はまだ飲めるほどの温度じゃなくて、暫くの間は手のひらで転がしていた。
「お、あれ東京タワーじゃん。 凄い綺麗に見える」
「ここから見ても大きいね」
「あそこら辺で河田さん倒れてたよね」
「本当嫌なことばっか覚えてるのね」
唐沢は指差したところは私が熱で倒れて唐沢に助けられた郵便局があるところだった。
そういえばよくあの少ない情報量で私の場所が分かったなと思う。
あの時唐沢に助けを求めた時点で、こうして二人で夜景を眺めている状況に繋がったのかもしれない。