君のことは一ミリたりとも【完】
不意に視線を逸らすと私たちの隣に立っていた男女のカップルが目に入る。
すると何を思ったのか、突然その二人がキスをし始めたのでバッと目を背けてしまった。
たかが他人のキスで何でこんなに動揺しているんだと自分を落ち着かせていると強い視線を感じる。
見ると唐沢が私のことを見つめてニヤニヤと口元を歪ませていた。
「カップルのキス見て動揺しちゃってんのー?」
「は!? してないし!」
「どうする? 俺たちもする?」
「しないから」
冗談じゃないと断ると「それは残念」と全く残念に思ってないような顔で言われる。
何でこの男には嫌なところばかり見られてしまうんだ私は。
だけど、そりゃこの雰囲気でキスしたい気持ちは分からなくもない。
「やっぱり普通のカップルってこういうところに来るんだね」
何気なく漏らした言葉を唐沢が逃すわけがなかった。
私が漸く飲める温度にまで下がった珈琲に口を付けていると彼は誰よりも私の思考回路を先取りした。
「後悔してる? 不倫のこと」
唐沢は一つ隙を見つけたらそこからその人の心理までを暴き出し、そして容赦無く見えた事実を突き付ける。
職業柄なのかそれとも彼の性格なのか、自分の必要な情報は常に正しくなければならないと思っているのだろう。
だからこの男の言葉のほとんどは事実であることが多い。
丁度そのことを考えていたから、見透かされてしまったのだろうか。