君のことは一ミリたりとも【完】



彼は空のカップを見つめながら珍しく自分語りを始めた。


「俺の両親、小学校の時に離婚しててね。原因は母親の不倫だったわけ」

「っ……」

「出来た男と蒸発して、突然俺たちの前から姿を消した。言ってしまえば捨てられたんだけど。それから俺たちの目の前に現れることはなかったよ」


まるで感情を無くしたように段々と過去のことを話し出す唐沢。まるで小説を朗読するみたいな口調だった。
それほど当時の出来事については気持ちはそれほどないらしい。


「父親が事故で亡くなって、爺ちゃん婆ちゃんと暮らすようになった。すると今まで一度も姿を見せなかった母親が突然俺の前に現れたんだよ。確か高2の頃かな」

「高2って、アンタ一言もそんなこと言ってなかったじゃない」

「プライベートを話すような仲だったっけ?」

「……」


もし当時の私が唐沢の状況を知っていたとしても、そこまで気にも留めなかっただろう。
だからその言葉には何も反論ができなかった。

でも彼は私が不倫をしていると知った後もそのことは一度も話さなかった。
母親が不倫をして捨てられたなんて、そんな過去があるなら不倫をしていた私のことを嫌うはずだ。

何故そうではなかったのか、それは直ぐに語られた。


「一緒に暮らそうって言われたんだ。結婚もして、子供産んで余裕が出来た。父親を亡くした俺を可哀想だって思って引き取りに来たんだろうね」

「……」

「『俺を捨てたことを後悔してる』って言ってたよ。後悔するんなら男なんか作んじゃねぇよって感じでしょ」


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