君のことは一ミリたりとも【完】
そうか、私が素直になれないから。だからこの男は何もかもを暴こうとするんだ。
他人を理解して自分のことも理解したいから。口に出せないことを彼が全て汲み取って代弁してくれる。
何となく、この男は分かってくれるような気になれる。
今までしょうもない男だと思っていたが少しだけ見直していると「キスでもする?」と提案してきたので丁重にお断りした。
少し見直したが油断も隙もないためこれからも唐沢の前では気を張っていよう。
明日も仕事なので早く帰ろう、すると彼が不意に私の名前を呼ぶ。
「亜紀」
下の名前を、呼んだ。
その瞬間に私は手に持っていた空の紙コップを片手で握り潰した。
「は? 何下の名前で呼んでんの?」
「いやー、付き合ってるしいけるかなって」
「アンタもこうなりたいの?」
「すみませんすみません」
調子に乗りました、と紙コップの状態を見て顔を蒼ざめる。
まぁ、怒ったというよりかは急に呼ばれて動揺したという方が正しいのだが、これは絶対に言えないだろう。
「えー、じゃあ"亜紀ちゃん"とか?」
「優麻と被るから駄目に決まってるでしょ」
「はぁ〜? どんだけ優麻ちゃんのこと好きなわけ? じゃあなんて呼べばいいのさー」
「さん付け」
「さん付け」