君のことは一ミリたりとも【完】
そう言いながら駅の方へ歩き出し始めた彼はあることを思い出すとその足を止める。
「忘れてた、今日俺車で来たんだった」
「車?」
「そう、だからちょっと待ってて。帰りも家まで送ってあげるし」
そこまで言うと唐沢は「いいこと思いついた!」と言わんばかりに両手を合わせた。
「じゃあ折角だし亜紀さんの家でご飯食べよう」
「は? 何言ってんの?」
「元から亜紀さんの家まで送るつもりだったんだし手間も省けていいでしょ?」
「それ、私が了承すると思ってんの?」
不審げにそう尋ねるが彼はトボけたような表情を浮かべるだけだった。
どうして私の家に唐沢が来るなんて話になっているんだ。
「それに自分の家の方が話したいことも話せるだろうから」
「……」
「やだなー、何もしないって。亜紀さんの手料理食べたいなーって思ってるだけ」
「信用ならない」
「彼氏に言うことじゃないよね」
本当に家まで来て何もしないつもりなのだろうか。しかし付き合ってから手も出されていないし、そこまで徹底してきた唐沢が突然私に嫌われるようなことをするとも思えない。
だがそれはこの日のために誠実な男を演じていたとも考えられるし、簡単に男を家に入れる女とも思われたくない。でも唐沢は一応彼氏。
難しい顔を浮かべながら悩む私を横目に「取り敢えず車持ってくるね」と唐沢はその場を後にした。