君のことは一ミリたりとも【完】
卒業式以来、8年ぶりに見た彼女の泣き顔に酷く心が揺さぶられた。
何かを裏切られたようにショックを受けた俺はその場から動けなくなった。
「亜紀、分かってくれ。仕方がないことなんだ」
「っ……どうしてそんな酷いこと言うんですか」
「……」
河田さんを流しているスーツの男は彼女よりも20は年上に見えた。彼女の肩を掴んで何かを説得させようときているが聞き分けの悪い彼女に困っているようにも見えた。
その二人の空気だけで河田さんが恋人から別れを切り出されたのが理解出来た。同窓会を後にした彼女が嬉しそうにしていたのを思い出すと、まさか別れ話をされるとは思ってもみなかったんだろう。
だけど本当に恋人がいたとは。
「(あの男、どっかで見たことがある……)」
何処だ、と考えている間に男性は河田さんの頭をゆっくりと撫で、そして最後に別れを告げて駅の改札の方へと姿を消した。
一人取り残された彼女は周りからの注目も集めながらもその場に立ち尽くしたまま泣き続けていた。
あれだけ号泣している姿も、声を荒げて必死にしがみつこうとする姿も初めてすぎて、また心の何処かで複雑な気持ちを抱えている自分がいた。
卒業式の日に彼女が泣きているのを見た時と類似している。どうしてこんなにも彼女の泣き顔に目を奪われてしまうのだろうか。
「(早く、行かないと……)」
思考を切り替えて何事も無かったように去ろうと体に命令した。
河田さんが男にフラれようが、駅で泣いていようが関係ない。俺には関係ないことだから。
しかし暫く歩いて不意に振り返ると泣きている彼女に知らない別のオトコが声を掛けているのが見えた。
折角切り替えたはずの気持ちがあっという間に戻ってくるのが分かった。