君のことは一ミリたりとも【完】
不意に彼が私の方へと手を伸ばす。突然のことで思わず後ろに避けると一瞬だけ彼が真顔になった。
しかし直ぐに表情を緩ませて「なんでもない」と呟く。
「何かあったら連絡して」
「連絡して、って……連絡したところでどうすんの。アンタ東京でしょ」
「直ぐに駆け付けるよ」
「無理よ、東京と大阪どれだけ離れてると思ってるの」
現実的に考えて無理、と押し切ろうとするが彼の甘い笑顔に交わされる。
「それでも行くよ」
「っ……」
「あは、照れた? そういうところは可愛いよね」
しまった、失敗した。唐沢のこういう言葉もスルーしていかないと駄目なのに。
普段ふざけている言動が多いこの男が不意に見せる真摯な態度に動揺してしまう。
照れ隠しで「煩い」と言って食器を洗おうと立ち上がると下から小さな声で安堵に満ち溢れた言葉が聞こえてきた。
「まぁ、大事な話って言うから別れ話じゃなくてよかったよ」
耳に届いたその言葉に私は手に持っていた食器に目をやる。
もしかして、
「もしかして別れ話だったら困るから、先に私の手料理食べたかった、とか……」
「……」