君のことは一ミリたりとも【完】
「悪い、遅れたな」
「いえ、朝御飯は食べました?」
「いや、食べてない。何処かで買ってもいいか?」
「大丈夫です」
私たちは改札を通るとコンビニでパンを買い込み、新幹線のホームへと向かった。
新幹線の座席に着くなり大きな口で購入したパンを頬張る姿は40代男性とは思えない。
「昨日夜遅くまで打ち合わせだったってお聞きしました。大丈夫ですか?」
「かなり立て込んでいたからな、仕方がない。ここのところ取材の仕事を入れすぎてるのかもな」
「そうですね、生瀬さん一つ一つの仕事を真摯に向き合ってる方だから。でも会社のイメージは大事だし、現に取材をしてくださった企業の評価は高いって聞きました」
唐沢も仕事面に関してはパーフェクトと憎たらしそうな顔で呟いていた。何をそんなに恨みを持っているのだろうか。
隣の席に座っている生瀬さんは私の顔を暫く凝視するとポツリと言葉をこぼす。
「河田は最近明るくなったな」
「え、私そんなに前まで暗かったですか?」
「いや、仕事場ではあまり感情を出さない方だろう。最近の河田は分かりやすいというか、他の社員たちとの接し方も柔らかくなったと思う」
同じようなことを前に菅沼にも言われた。生瀬さんにも言われるということは無意識なうちの自分の中で何かが変わったのだろうか。
でも確かに前までは生瀬さんとの関係を周りに知られてはいけないからと仕事に私情を持ち込まないように心掛けていた。彼の別れてからは精神面でも広々と仕事を出来ている気がする。
ずっと肩に乗っていた重荷が外れたというか、解放されたに近いのかもしれない。
あっという間にパンを食べ切ると彼は目を閉じて一息をつく。