君のことは一ミリたりとも【完】
彼からのメッセージを確認するなり何とも言えない顔付きになる。この手の返事って何を言えばいいのか分からない。
素直に「お風呂に入っていた」と伝えるとすぐさま既読が付いた。
【そんなこと言ったら風呂上がりの亜紀さん想像しちゃうけど】
【想像しないで、変態】
【亜紀さんがお風呂出たって言うからでしょ】
意味がない会話を続けていると不意に溜息が漏れた。仮にも恋人同士である男女の会話がこんなので本当にいいんだろうか。
大阪出張から帰ってきてからまだ一度も彼の顔を見ていない。だからかまだ彼と想いが通じ合ったという実感が湧かずにいる。
今回の仕事がひと段落したらまた会いたい、とは思うけど。
肩にタオルを掛けて脱衣所を出た私は冷蔵庫から冷えた水を取り出そうとする。
すると不意に視線を向けた玄関を見て鍵を掛け忘れていたことを思い出した。
そうだ、家に入ったとき丁度取引先からの電話が掛かってきて適当にしてたんだった。
鍵も掛けずにお風呂に入っていたなんて無用心すぎだと反省し、慌てて玄関へと向かう。
きっとこのことを言ったら唐沢には怒られるんだろうな。ああ見えて過保護な男だから。
そんなことを考えながらゆっくりとドアの鍵を回した。
と、
「……」
ドアの向こうで足音が聞こえてくる。こんな夜遅くに帰ってくる人なんて近所にいたっけ。
マンションの角部屋に住んでいるということもあって隣は一部屋しかない。そこに住むのは若い女子大学生でこの時間は既に帰宅していることが多いはずだが。
その不審な足音が徐々に今いる部屋に近付いてくる。隣の部屋を通り過ぎた辺りでやはり何かが変だと勘付く。
「(宅配便? だけどこんな時間に?)」