君のことは一ミリたりとも【完】
どうやら亜紀さんの仕事が終わったらしく、彼女からの連絡が入っていた。
これ以上この男といても何の情報も得られそうにない。懐から茶封筒を取り出してテーブルの上に置くと反対に名刺を手に取ってケースの中へ戻した。
と、
「あ、そろそろ彼女のお迎え?」
「……」
「大事にしてあげてねー」
最近聖にも全く同じようなことを言われたが、言われる相手が違うだけでこんなにも不快感が募るとは興味深い。
俺はこちらに向かって手を振る舘に最後まで目線を合わせることなくファミレスを後にした。
生瀬のことがリークされれば自然に亜紀さんの存在も世間に知られることになる。あの男が一人で爆死すればいいことなのだが、彼女を巻き込まれるのは願い下げだ。
何よりも、
『いい子なの、優麻には正直にいたい。でも、こんな秘密を持った時点で優麻の目を真っ直ぐに見られない』
優麻ちゃんに不倫のことが伝わるのを恐れていた亜紀さんの気持ちをこんな形で無碍にしたくない。
それだけは、絶対に許さない。
彼女の会社の前まで来ると道路脇にスマホ片手に一人で立っている姿を見つけ、すかさず近くに停車する。
顔を上げた亜紀さんは怪訝な表情のまま助手席に乗り込んでくる。
「残業お疲れ様、じゃあ帰ろっか」
「……別に迎えに来なくていいのに。私に合わせてたら唐沢も遅くまで仕事しなきゃでしょ」