君のことは一ミリたりとも【完】



「私が唐沢の家に来てからアンタが私より早く寝たことないけど……そんなに仕事溜まってるの?」

「んー、まあ編集者って大変な仕事だよね」

「……ふーん」


あっそう、と呟いて会話を切り上げた彼女に隠れて安堵の息を吐く。
俺が彼女のことで脅されていることも一番バレてはいけないな。


「(そしたら流石に嫌われるだろうな)」


それでも亜紀さんが幸せなら、俺はそれでいいと思った。




翌日、普段通りに出社し加奈ちゃんを連れて取材に行った帰りのことだった。

勤務している出版社が入ったビルの側の道路に怪しい車が止まっている。
そして助手席に座っていた人物は俺たちがやってくるのを確認すると徐に車のドアを開けた。

女はこの間のゴシップ記者である小林だった。長い前髪を掻き上げ、掛けていた黒いサングラスを外すと「どうも」と俺たちに声を掛ける。


「えっと、先輩のお知り合いですか?」

「……」


俺と彼女の間に流れる殺伐とした空気に怯えているのか、チラチラと俺の顔を見る加奈ちゃん。
彼女に被害が及ばないよう、偽りの笑顔を貼り付け安心させるように微笑んだ。


「ごめん、先戻っといてくれる? すぐ行くから」

「え、でも先輩……」

「大丈夫だから」


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