君のことは一ミリたりとも【完】
「起きれるんだったらシャワー浴びてきたら? 汗も掻いてるだろうし、何より寒いでしょ」
「……」
俺あっち向いてるから、とノートパソコンを膝の上に乗せるとふっと視線を逸らした。
仕方がないとはいえホテルに女を連れ込んだくせにやけに気が利く男だな。
そう思いたくなかった私のせいでもあるのか。
「目も瞑って」
「あ、はい……」
唐沢の目が完全に閉じられているのを確認するとベッドの横に置かれていたバスローブで身を包み、彼が座っていたソファーの後ろにあるシャワー室へと向かった。
どこまでもラブホ仕様のこの部屋に、「もしかしてシャワーを覗く仕掛けとかないだろうな」と慎重に辺りを確認する。だけど途中から馬鹿らしくなって大人しくシャワーを浴びた。
下着まで湿っていて、余程強い雨に降られていたことに気が付く。
ていうか今何時だろ。明日も仕事だけど一回家に帰るのも面倒臭いな。
まだ熱が引いたわけでもないらしく、ふらつきながらもシャワーを浴びる。
気を失っている間、あの幸せな夢を見た。現実に起こったことなのに夢のように感じるのはあまりにも今の状況とかけ離れすぎているからだ。
忘れようとすればするほど、自分が生瀬さんをどれだけ好きだったかを思い知らされるようで。
本当に忘れなきゃいけないんだろうか。
「(考えるのですら億劫になる……)」
もう嫌でも彼の傍には居られなくなるのに。
髪の毛を乾かし、まだ服も乾ききっていないので仕方がなくバスローブに身を包んで外に出る。
その途中、ソファー越しに唐沢の後ろ姿が見えた。静かに彼が触っているノートパソコンの画面を覗き込むと何やら企画書を作っているらしかった。
「(もしかして仕事をほったらかしてきた?)」