君のことは一ミリたりとも【完】



見えないところで表情を歪ませる。

彼は、本当に狡い人だ。



彼は次の現場があるからと確認とイベント主催の企業に顔合わせが終わると私たちとは別々に会場を出た。
電車に揺られながら会社に戻っていると不意に彼に言われた言葉を思い出す。


『俺はお前に気にしてほしいのかもしれない』


あの顔は私と二人の時にしかしない顔だ。とても上司の顔とは言えなかった。
強がって千里さんのことを気にしてないと口にしたが、どうやらそれが気に障ったらしい。だけど向こうは私のことを振っているわけだし、そんなこと気にする資格すらないはず。

なのにどうしてこんなに儘ならないんだろう。


『……亜紀』


なんでこういう時に限って下の名前で呼ぶの。忘れようとした思い出が、捨てたはずの思い出が簡単に私のところへと戻ってくる。
とてもなく彼のことが好きだったんだと思い知らされる。


「……き、亜紀。次降りるぞ」

「っ……うん」


菅沼の呼び掛けで我に返ると電車から降りる。
あの言い方だと生瀬さんは私を振ったことを後悔しているのだろう。自分の気持ちを最優先したくせに酷い人だ。

だけど私の考えは変わらない。これ以上彼に何を言われても揺さぶられないようにするだけだ。

その為にも……



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