婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
麻里奈さんが帰った後、午後から懐かしい人が来てくれた。
「仙道さん、お久しぶりです。出産おめでとうございます!」
かわいい花束を抱えて入って来たのは、あの倉本さんだった。
彼女に会うのは私の結婚式以来だろうか。
恋人の青山主任が大阪に転勤してから、倉本さんが東京に来る機会も殆ど無くなってしまったから。
「来てくれてありがとね。倉本さん」
嬉しくて涙が溢れた。
「もう、私の顔見るとすぐに泣くんですから」
「だって」
確かに結婚式の時も、彼女の胸で号泣した記憶がある。でも、彼女の顔を見ると言葉にならない想いがこみ上げてきてしまうのだ。私を支えてくれたかけがえのない友人だから。
「私、こいうの苦手なんでやめて貰えますか」
照れくさそうに呟いた倉本さんの目もウルウルと涙で滲んでいた。
……
ちょうど倉本さんが帰った後、マンションから零士さんが戻ってきた。
「倉本さんとゆっくり話せた?」
「うん。おかげ様で」
そう。零士さんは気を遣ってわざと席を外してくれたのだ。
「楓は泣かなかった?」
「うん。見事に眠ってたよ」
「ふーん。そっか。やっぱり鈴乃に似たのかな」
零士さんは楓の頰をチョンと指で触れながら、可笑しそうに笑った。
言われてみれば、楓は確かによく眠る。
夜中だって私のおっぱいを咥えたまますぐにウトウトしてしまい、その度に親子で零士さんに起こされている。
最後は零士さんが楓をベッドから移し、私のおっぱいもしまってくれているようで。
母親だから大丈夫と偉そうなことを言ってしまったけれど、私と楓だけでは大変なことになっていただろう。
「零士さん」
「なに?」
「いつもありがとね。助けてくれて」
「突然どうしたの?」
「うん。ちゃんとね、思った時に気持ちを伝えておこうと思ってね」
「そっか。じゃあ、俺も思った時に伝えようかな」
「ん?」
零士さんの顔を見上げると、甘いキスが落ちてきた。
「零士さん。ここ病院。いつ看護師さんが来るか分からないんだから」
「大丈夫だよ。ノックくらいするだろ?」
「でも、ノックと同時に開けられたらマズいでしょ」
「そんな失礼な開け方する奴なんて、麻里奈か葵くらいだろ」
零士さんがそう呟いた瞬間、本当にノックと共にドアがガラガラと開けられた。
慌てて私達は唇を離し、ドアの方へと振り返る。
「あ~あ。真っ昼間からお熱いね。っていうかここ病室だよ? ほんとに零士は節操がないんだから」
呆れながら入ってきたのは葵さんだった。
「葵…」
「はい。これ。俺からの出産祝い」
葵さんはリボンのついた箱を私に手渡すと、そのままドカンと椅子に腰掛けた。
「ありがとう。葵さん」
「うん。まだちょっと早いかもしれないけど、まあ開けてみてよ」
葵さんの言葉に頷いて、そっと箱を開けてみると、小さな赤い靴が入っていた。
「うわ~可愛い。ありがとうございます!」
「いいえ。どういたしまして」
私にはにっこり微笑んだ葵さんだけど、零士さんと目が合うとツンと顔を背けた。
「何だよ、葵」
「いや、別に。ただ零士は水臭いなあと思ってさ。どうして産まれたことを俺には知らせてくれなかったのかなって。麻里奈には知らせたくせにさ」
どうやら、葵さんは、麻里奈さんからの電話で初めて知ったことが気に入らなかった様子。すっかりいじけてしまっていた。
「悪かったよ…葵には会った時に話せばいいかと思ってさ。それに、麻里奈は兄貴の嫁なんだから仕方ないだろ?」
そんな零士さんの言葉に、「そうだけどさ」と不満げに呟く葵さん。
すると、今度は零士さんの方が納得のいかない様子で葵さんにこう詰め寄った。
「おまえさ、何で驚かないの? 俺、今、麻里奈のこと『兄貴の嫁』って言ったんだけど」
「は? 何言ってんの…今更。麻里奈が入籍したのなんて半年も前の話だろ?」
アッサリと返された零士さん。
「そうか……知らなかったのはマジで俺だけだったんだな」
ショックを受ける零士さんを見て、思わずちょっと笑ってしまった。
「それにしても、小っちゃい手だな~」
葵さんが目を細めながら楓を見る。
「喜んだだろ? おばさん達」
「まあな。初孫だからな」
「だよな。うちもさ、孫の顔見たいのか、そろそろ恋人を紹介しろって煩いんだよ。俺ってつくづく親不孝だなって思うよ」
深いため息をつく葵さん。
こればかりは何て言ってあげたらいいのか、私には言葉が見つからなかった。
「ふーん。じゃあ、早く紹介してやればいいじゃん。雅也さんのこと」
「は? そんなこと、できる訳がないだろ!」
葵さんが零士さんを睨む。
私もさすがに零士さんが無神経だと思った。
けれど、
「いや。知ってるよ、葵のお母さん。おまえが雅也さんと付き合ってること」
零士さんが衝撃的な一言を放つ。
「「えっ!!」」
思わず葵さんと同時に声を上げてしまった。
さすがに私も初耳だったから。
「実は少し前にさ。おまえのお母さんがうちの会社に来たんだよ。おまえと雅也さんが家の前でキスしてたのを目撃したらしくてさ。暗がりで見たから俺だと勘違いしたらしい。だから、葵には申し訳なかったけど、雅也さんのことを正直に話させてもらったんだよ」
葵さんはゴクリと唾を呑み込みながら、真剣な顔で零士さんの言葉に耳を傾けていた。
「そしたらさ、おまえのお母さん、ホッとした顔して良かったって言ったんだよ。不倫じゃなくてほんとに良かったって」
「えっ……」
葵さんの目が大きく見開く。
「おまえが俺のことを好きだったことは昔から気づいてたらしいよ。息子が報われない恋をしてることにずっと心を痛めてたそうだ。でも、雅也さんなら障害はないって喜んでた」
葵さんの頰には涙が静かに流れていた。
「だから、ちゃんと紹介してやれよ。きっと受け入れてくれるはずだからさ」
「そっか……そう……だな…………あり……がと、零士」
葵さんは肩を震わせながら零士さんに抱きついた。
私も感動して泣いてしまった。
「良かったですね、葵さん」
そう声をかけた瞬間、葵さんがハッとしたように顔をあげた。
「ご、ごめん、鈴乃ちゃん。俺が零士と抱き合ってたら嫌だよね」
葵さんはそう言うと、慌てて零士さんから離れた。
「そんな。大丈夫ですよ」
「いや、いいよ。零士は鈴乃ちゃんのものだからさ」
まあ、確かに、前にそんなことを言ってしまったけれども。
「あっ、じゃあ、分かりました。こうしましょう。私が葵さんに胸を貸しますね」
これなら葵さんも気兼ねなく泣けると思ったのだ。
「さあ、葵さん、どうぞ! 私の胸で思いきり泣いて下さい」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
手を広げた私の胸に葵さんが抱きつきかけたその瞬間、
「させる訳ないだろ!」
パコンと零士さんの手が葵さんの頭をひっぱたいた。
「イッテー、何するんだよ、零士」
「おまえが悪いんだろ。何抱きつこうとしてんの?」
「いや、俺は女の子の胸には何も感じないから」
「おまえが感じようが感じまいが俺が嫌なんだよ。今度やったらぶっ殺すからな」
「こっわ~」
「つうか、もう帰れ」
「は? 何で急にそんな冷たいこというんだよ」
「知らねえよ」
と、男二人の騒々しい声が響く中、楓だけはスヤスヤと眠り続けていたのだった。
麻里奈さんが帰った後、午後から懐かしい人が来てくれた。
「仙道さん、お久しぶりです。出産おめでとうございます!」
かわいい花束を抱えて入って来たのは、あの倉本さんだった。
彼女に会うのは私の結婚式以来だろうか。
恋人の青山主任が大阪に転勤してから、倉本さんが東京に来る機会も殆ど無くなってしまったから。
「来てくれてありがとね。倉本さん」
嬉しくて涙が溢れた。
「もう、私の顔見るとすぐに泣くんですから」
「だって」
確かに結婚式の時も、彼女の胸で号泣した記憶がある。でも、彼女の顔を見ると言葉にならない想いがこみ上げてきてしまうのだ。私を支えてくれたかけがえのない友人だから。
「私、こいうの苦手なんでやめて貰えますか」
照れくさそうに呟いた倉本さんの目もウルウルと涙で滲んでいた。
……
ちょうど倉本さんが帰った後、マンションから零士さんが戻ってきた。
「倉本さんとゆっくり話せた?」
「うん。おかげ様で」
そう。零士さんは気を遣ってわざと席を外してくれたのだ。
「楓は泣かなかった?」
「うん。見事に眠ってたよ」
「ふーん。そっか。やっぱり鈴乃に似たのかな」
零士さんは楓の頰をチョンと指で触れながら、可笑しそうに笑った。
言われてみれば、楓は確かによく眠る。
夜中だって私のおっぱいを咥えたまますぐにウトウトしてしまい、その度に親子で零士さんに起こされている。
最後は零士さんが楓をベッドから移し、私のおっぱいもしまってくれているようで。
母親だから大丈夫と偉そうなことを言ってしまったけれど、私と楓だけでは大変なことになっていただろう。
「零士さん」
「なに?」
「いつもありがとね。助けてくれて」
「突然どうしたの?」
「うん。ちゃんとね、思った時に気持ちを伝えておこうと思ってね」
「そっか。じゃあ、俺も思った時に伝えようかな」
「ん?」
零士さんの顔を見上げると、甘いキスが落ちてきた。
「零士さん。ここ病院。いつ看護師さんが来るか分からないんだから」
「大丈夫だよ。ノックくらいするだろ?」
「でも、ノックと同時に開けられたらマズいでしょ」
「そんな失礼な開け方する奴なんて、麻里奈か葵くらいだろ」
零士さんがそう呟いた瞬間、本当にノックと共にドアがガラガラと開けられた。
慌てて私達は唇を離し、ドアの方へと振り返る。
「あ~あ。真っ昼間からお熱いね。っていうかここ病室だよ? ほんとに零士は節操がないんだから」
呆れながら入ってきたのは葵さんだった。
「葵…」
「はい。これ。俺からの出産祝い」
葵さんはリボンのついた箱を私に手渡すと、そのままドカンと椅子に腰掛けた。
「ありがとう。葵さん」
「うん。まだちょっと早いかもしれないけど、まあ開けてみてよ」
葵さんの言葉に頷いて、そっと箱を開けてみると、小さな赤い靴が入っていた。
「うわ~可愛い。ありがとうございます!」
「いいえ。どういたしまして」
私にはにっこり微笑んだ葵さんだけど、零士さんと目が合うとツンと顔を背けた。
「何だよ、葵」
「いや、別に。ただ零士は水臭いなあと思ってさ。どうして産まれたことを俺には知らせてくれなかったのかなって。麻里奈には知らせたくせにさ」
どうやら、葵さんは、麻里奈さんからの電話で初めて知ったことが気に入らなかった様子。すっかりいじけてしまっていた。
「悪かったよ…葵には会った時に話せばいいかと思ってさ。それに、麻里奈は兄貴の嫁なんだから仕方ないだろ?」
そんな零士さんの言葉に、「そうだけどさ」と不満げに呟く葵さん。
すると、今度は零士さんの方が納得のいかない様子で葵さんにこう詰め寄った。
「おまえさ、何で驚かないの? 俺、今、麻里奈のこと『兄貴の嫁』って言ったんだけど」
「は? 何言ってんの…今更。麻里奈が入籍したのなんて半年も前の話だろ?」
アッサリと返された零士さん。
「そうか……知らなかったのはマジで俺だけだったんだな」
ショックを受ける零士さんを見て、思わずちょっと笑ってしまった。
「それにしても、小っちゃい手だな~」
葵さんが目を細めながら楓を見る。
「喜んだだろ? おばさん達」
「まあな。初孫だからな」
「だよな。うちもさ、孫の顔見たいのか、そろそろ恋人を紹介しろって煩いんだよ。俺ってつくづく親不孝だなって思うよ」
深いため息をつく葵さん。
こればかりは何て言ってあげたらいいのか、私には言葉が見つからなかった。
「ふーん。じゃあ、早く紹介してやればいいじゃん。雅也さんのこと」
「は? そんなこと、できる訳がないだろ!」
葵さんが零士さんを睨む。
私もさすがに零士さんが無神経だと思った。
けれど、
「いや。知ってるよ、葵のお母さん。おまえが雅也さんと付き合ってること」
零士さんが衝撃的な一言を放つ。
「「えっ!!」」
思わず葵さんと同時に声を上げてしまった。
さすがに私も初耳だったから。
「実は少し前にさ。おまえのお母さんがうちの会社に来たんだよ。おまえと雅也さんが家の前でキスしてたのを目撃したらしくてさ。暗がりで見たから俺だと勘違いしたらしい。だから、葵には申し訳なかったけど、雅也さんのことを正直に話させてもらったんだよ」
葵さんはゴクリと唾を呑み込みながら、真剣な顔で零士さんの言葉に耳を傾けていた。
「そしたらさ、おまえのお母さん、ホッとした顔して良かったって言ったんだよ。不倫じゃなくてほんとに良かったって」
「えっ……」
葵さんの目が大きく見開く。
「おまえが俺のことを好きだったことは昔から気づいてたらしいよ。息子が報われない恋をしてることにずっと心を痛めてたそうだ。でも、雅也さんなら障害はないって喜んでた」
葵さんの頰には涙が静かに流れていた。
「だから、ちゃんと紹介してやれよ。きっと受け入れてくれるはずだからさ」
「そっか……そう……だな…………あり……がと、零士」
葵さんは肩を震わせながら零士さんに抱きついた。
私も感動して泣いてしまった。
「良かったですね、葵さん」
そう声をかけた瞬間、葵さんがハッとしたように顔をあげた。
「ご、ごめん、鈴乃ちゃん。俺が零士と抱き合ってたら嫌だよね」
葵さんはそう言うと、慌てて零士さんから離れた。
「そんな。大丈夫ですよ」
「いや、いいよ。零士は鈴乃ちゃんのものだからさ」
まあ、確かに、前にそんなことを言ってしまったけれども。
「あっ、じゃあ、分かりました。こうしましょう。私が葵さんに胸を貸しますね」
これなら葵さんも気兼ねなく泣けると思ったのだ。
「さあ、葵さん、どうぞ! 私の胸で思いきり泣いて下さい」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
手を広げた私の胸に葵さんが抱きつきかけたその瞬間、
「させる訳ないだろ!」
パコンと零士さんの手が葵さんの頭をひっぱたいた。
「イッテー、何するんだよ、零士」
「おまえが悪いんだろ。何抱きつこうとしてんの?」
「いや、俺は女の子の胸には何も感じないから」
「おまえが感じようが感じまいが俺が嫌なんだよ。今度やったらぶっ殺すからな」
「こっわ~」
「つうか、もう帰れ」
「は? 何で急にそんな冷たいこというんだよ」
「知らねえよ」
と、男二人の騒々しい声が響く中、楓だけはスヤスヤと眠り続けていたのだった。