婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
今回は私が謝るべきなのだろう。
応接室の前で夫と元カノの会話を盗み聞きした結果、そんな結論に至った。
『今後一切、彩菜とは会わないつもりだから』
『鈴乃以外にはどう思われたっていい』
そんな言葉を堂々と口にした零士さんから、“元カノへの未練”なんて少しも感じられなかった。
そんな零士さんに対して、酷い態度を取ってしまったことを今更ながら後悔する。
とりあえず、メロンパンでも買いに行こうか。
私は事務室へと戻る間、仲直りの方法を必死に考えていた。
………
「いらっしゃいませ」
パン屋のドアを開けると、甘い匂いが漂ってきた。二日酔いのせいだろうか、今日は何だか受け付けない。
ダメだ。
吐き気がする。
慌てて店を出て、歩道の隅にうずくまった。
参ったな。
こんな所じゃ吐くにも吐けない。
必死に吐き気と戦っていると、背後から聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。
「あれ、仙道さんだよね? 大丈夫? 具合でも悪いの?」
振り向くと、前の会社の同僚だった杉田さんが私を覗き込むようにして立っていた。
「杉田さん」
苦しげに呟くと、杉田さんは私の結婚指輪を見てハッとしたように言った。
「もしかして…悪阻?」
「えっ?」
「あ……違った?」
「違います。これは二日酔いで」と、言いかけて言葉を止める。
そう言えば、最後に生理が来たのはいつだっけ?
確か先月はこなかったような。
あれ?
先々月も来てない?
私はハッと顔を上げ、杉田さんの腕を掴んだ。
「つ、悪阻なんでしょうか!? これ」
「あっ……いや、僕には何とも」
「そ、そうですよね。どうしよう、悪阻だったら」
「え…」
喜びよりも不安が押し寄せる。
だって、昨夜はお酒をたくさん飲んでしまったし、今朝なんて胃薬まで飲んでしまったのだ。
私のつまらない嫉妬のせいで、お腹の赤ちゃんが危険に晒されているかもしれない。
「とにかく病院に行かなくちゃ」
勢いよく立ちあがったものの、今度は立ちくらみ。
「危ない!」
ふらつく私を杉田さんが支えてくれた。
「すいません。ちょっと目が回ってしまって」
「大丈夫? 落ちつくまで少しこうしてよう」
杉田さんは私の体を抱きかかえながら、耳元で優しく囁いた。
申し訳ないとは思いつつ、動くと吐いてしまいそうで、私は静かに頷いた。
その時だった。
「鈴乃!」と背後から零士さんの声がして、強い力で腕を引かれた。
「鈴乃、俺が悪かったよ。元カノのことで嫌な思いさせたって思ってる。でも、当てつけでこんなことするのはやめてくれ。ホント頼むから」
零士さんは私の肩を掴んで必死に訴える。
どうやら色々と誤解があるようだけど、肩を揺らされた私はそれどころではなかった。
「ごめん……もう限界」
「えっ?」
「どいて!」
私は零士さんの胸を突き飛ばし、再びパン屋へと駆け込んだ。
「す、すいません! トイレを、トイレを貸して下さい」
レジにいた店員さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、口元を押さえる私を見て、すぐに従業員用のトイレに案内してくれた。
そして、5分後。
ようやく吐き気から解放されて、ホッとしながらお店を出ると、零士さんが慌てて駈け寄ってきた。
「大丈夫か? お腹……痛かったのか?」
心配そうに訊いてくる零士さん。
この状況をどう説明しようかと考えているうちに、杉田さんがタクシーを止めて戻ってきた。
「仙道さん、とりあえず病院に行こう。この先に僕が仕事で回ってる産婦人科があるから」
杉田さんはそう言って私の背中に手を当てた。
「は? 産婦人科!?」
当然のごとく目を丸くする零士さんに、杉田さんが説明する。
「さっきまでずっと苦しそうにしてたんですよ。悪阻なんじゃないかって話してて」
「悪阻? そうなの? 鈴乃」
零士さんが私を見る。
「分からないけど……今、吐いてきたの。二日酔いかと思ったけど、ずっと生理もきてないし」
「そ、そっか。分かった、それなら早く診てもらおうな」
零士さんは私の手を掴み、タクシーの後部座席へと乗りこんだ。
「僕も付き添いますよ。なんか心配だから」
そう言って、杉田さんも助手席へと乗ってきた。
「いや、もう結構ですよ。元同僚の方にそこまでして頂く筋合いありませんし。どうも妻がお世話になりました」
「すいません、運転手さん。この先の太田産婦人科までお願いします」
杉田さんは零士さんの言葉を無視して、タクシーを走らせた。
零士さんはムッとした表情を浮かべたけど、タクシーの匂いにやられてぐったりした私に気づき、そこからは心配そうに私の顔を見つめていた。
「ごめんなさい……零士さん」
もっと色々伝えたいことがあったけれど、それだけ言うのが精一杯だった。