婚活女子とイケメン男子の化学反応

~零士side~

タクシーは『太田産婦人科』と書かれた看板の前で止まった。

先に入って行った杉田を追って裏口のドアを開けると、白髪混じりの看護師が待ち構えていたように立っていた。

「村瀬鈴乃さんですね。院長先生がすぐに診て下さるそうなので、どうぞこちらへ。旦那様は受付を済ませて、待合室の方でお待ちになっていて下さい。後ほどお呼び致しますので」

看護師は早口でそう言うと、鈴乃を連れて診察室のドアをノックした。

鈴乃を見送り受付へ向かうと、待合室にいた妊婦達が一斉に俺を見た。

割り込んでしまったことへの罪悪感を感じながら、言われた書類に記入していると、背後から杉田と若い看護師の話し声が聞こえてきた。

「さっきの電話、杉田さんがあまりにも必死だったから、恋人でも連れてくるんじゃないかって噂してたんですよ」

「そっか。まあね…彼女は人妻だけど僕の大事な人だからね」

「へえ~なんか意味深ですね。もしかして、元カノとかですか?」

「ハハ…女の子って鋭いなあ」

「えっ、図星ですか?」

「さあ、どうだろうね…ご想像にお任せするよ」

おいおい、何が『ご想像にお任せするよ』だ。
元カノどころかおまえはとっくにフラれてるだろうが。
頭大丈夫か?

杉田の不愉快極まりない発言に心の中で毒突いていると、再び看護師の声が聞こえてきた。

「え~、ちゃんと教えて下さいよ~気になるじゃないですか~」

「いや、さすがにここじゃマズいでしょ。ほら、そこにいるしさっ」

「え?……あっ」

看護師が俺の存在に気づいたところで二人の会話は終了した。

「さっきの会話…何なんですか?」

俺は彼の隣に腰かけながら、素っ気なく口にした。

「あ~、気に障りました?」

「…別に。ただ、フラれた事実をねじ曲げて、よくもそんな風に言えるもんだなって感心しただけです」

相手にするのもバカらしくなり、皮肉めいた言葉を返す。すると、杉田はフンと鼻で笑った。

「いや…あれはフラれたって言いませんから。だってあの時彼女はあなたと婚約していたじゃないですか。例え僕に気があったとしても真面目な彼女があなたを裏切れる筈がない。フェアじゃなかったってことです。でも、こんな事なら、あの時引き下がらなきゃ良かったと後悔してますよ。そうすれば彼女がこんな不幸な結婚をしなくて済んだのにってね」

「おまえさ、そろそろいい加減にしておけよ? 喧嘩売ってんのか?」

さすがにカチンときて低い声を出すと、杉田も声を荒げた。

「だってそうじゃないですか。僕が見る仙道さんは、いつもあんたに泣かされて苦しそうにしてる。さっきだって元カノがどうのって揉めてたじゃないですか」

「あれは…」

確かに俺は元カノの事で鈴乃を傷つけてしまった。
けれど、それは俺と鈴乃の問題であって、部外者のこいつに口出しされる覚えはない。

「それが何なんだよ。おまえに関係ないだろ。夫婦のことにイチイチ首突っ込んでくんじゃねえよ」

「突っ込みたくもなりますよ。妊娠しているかもっていう時に、彼女は『どうしよう』って言ったんですから。普通なら嬉しい筈なのに少しも幸せそうじゃなかったんですよ。心配になって当然でしょ? きっと彼女はあなたとの子供なんて望んでないんですよ。あなたが彼女を苦しめてきたから」

「何だと…」

我慢もとうとう限界がきた。

「おまえ、ちょっとこっちこいよ」

杉田の胸ぐらを掴み病院から連れ出そうとした時だった。
年配の看護師が慌てて俺の所にやって来た。

「村瀬さん、先生がお呼びですよ。診察室へお入り下さい」

静まり返る待合室。
俺は杉田から手を離し、診察室へと足を向けた。


……


診察室に入ると、モニターの前に鈴乃が神妙な顔をして座っていた。

「今、奧さんにも言ったんだけどね、間違いなくおめでただね。もうすぐ3カ月に入るとこかな」

鈴乃の隣に腰を下ろすと、院長がにっこりと笑いながらそう告げた。

「そうですか!」

胸が熱くなり、ジワジワと嬉しさが込み上げた。
けれど、俺とは対照的に鈴乃の表情が曇っていることに気づく。そんな鈴乃を見て一気に不安が押し寄せる。

鈴乃に声をかけようとした時だった。
鈴乃が顔を上げて震える声でこう言った。

「先生、実はお酒と胃薬を飲んでしまいました。赤ちゃんへの影響はないんでしょうか。大丈夫なんでしょうか」

ポロポロと涙を流す鈴乃にハッとさせられる。
そうだったよな。
鈴乃が不安になって当然だ。

そんな鈴乃に、院長はお酒の量や薬の種類を質問した。

「まあ、それくらいなら大丈夫だろう。赤ん坊も元気だしね、心配いらないよ」

院長の言葉に、鈴乃の顔がパッと輝く。

「本当ですか! 本当に大丈夫なんですね!」

「ああ、安心しなさい」

「よかっ……た」

鈴乃は涙ぐみながら俺に抱きついてきた。

「鈴乃」

「赤ちゃんに何かあったらどうしようって…聞くまで凄く怖かったの」

子供のようにワンワンと泣き出す鈴乃。

「そうだよな、怖かったよな」

俺は震える背中をさすりながら、鈴乃をギュッと抱きしめた。

誰だよ、俺との子供を望んでないとか言った奴は。
憎らしい顔が浮かんでくる。

「それでは、待合室の方でお待ち下さい」

看護師から声がかかり、俺は鈴乃を連れて晴れやかな気持ちで診察室を出たのだった。






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