婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
「やっぱり悪阻だったんだね」
零士さんが会計をしている間、待合室に杉田さんがやって来てそう言った。
「あ、はい。本当に色々とありがとうございました」
感謝の気持ちを伝えると、杉田さんは表情を曇らせて私の隣に腰をおろした。
「あのさ、仙道さん。僕の前ではムリしなくていいからね」
「え?」
言葉の意味を理解できずにいると、杉田さんは真剣な顔でこう続けた。
「僕は仙道さんの気持ちを理解しているつもりだよ。今後の事も含めて相談に乗ってあけたいと思ってる。だから僕を頼ってくれないかな。これ、僕のプライベート用の携帯番号。渡しておくね」
キョトンとする私の手に白いメモが握らされた。
どういうことだろうか。
話が全く読めない。
「あの、杉田さん。私には相談に乗って頂くようなことは何もないですし。それに、夫以外の男性と個人的に連絡を取るつもりもないので、これは受け取れません」
メモを返すと、杉田さんは盛大にため息をついた。
「ねえ、仙道さん。君はこのままでいいの? 子供が出来たからって我慢することはないんだよ。君はもっと自分の幸せを考えるべきだ」
「い、いえ…私はいま幸せ…ですけど」
どうして会話が噛み合わないんだろう。
首を傾げていると、とうとう杉田さんから苛立ちの声が上がった。
「どうして庇うの? あんな浮気男」
「浮気男? それ誰のことですか?」
「もちろん君の旦那だけど」
聞き捨てならない言葉にさすがに私もカチンとくる。
「零士さんは浮気男なんかじゃありません。ちゃんと私だけを愛してくれてます! 零士さんのことを侮辱しないで下さい!」
「何言ってるの、仙道さん。どうして現実から目を背けるの? あの男は元カノと浮気して君を苦しめてるじゃないか!」
杉田さんは怖い顔をしてそう言った。
そこでハッと気づく。
きっと杉田さんは、さっきの零士さんの言葉を誤解しているのだと。
『俺が悪かったよ。元カノのことで嫌な思いさせたって思ってる。でも当てつけでこういうことするのはやめてくれ』
あの言い方では、確かに零士さんが浮気してたみたいだ。
慌てて誤解を解こうとしたのだけど、私より早く杉田さんが言葉を発した。
「だからね、仙道さん。僕は彼に言ってやったんだよ。仙道さんはあなたとの子供なんて望んでいないってね」
「は? 何言ってるんですか?」
「だって仙道さん、悪阻かもって話してた時、全然嬉しそうじゃなかったでしょ? だから、それを伝えてあげたんだよ。さすがに彼も傷ついた顔してたけどね、まあ自業自得でしょ。自分がまいた種なんだから」
次の瞬間、『パチン』という乾いた音と共に、周囲の視線が私と杉田さんに集中した。
「な、何するんだよ、仙道さん」
杉田さんが頰を押さえながら驚いた顔で私を見上げる。そう、私が彼の頰を引っぱたいたのだ。
「零士さんに謝って下さい! 私は愛する人の子を身ごもれて涙が出るほど幸せなのに…どうしてこんなことするんですか!」
立ち上がり声を震わせそう言うと、慌てて戻ってきた零士さんが私をギュッと抱きよせた。
「鈴乃。こんな奴相手にしなくていいから」
「だって、この人、零士さんに酷いこと」
「そんなこといいから。体に障るだろ?」
零士さんは私を優しく宥めると、杉田さんに恐ろしい視線を向けた。
「二度と鈴乃に近づくなよ。もし破ったら、おまえを社会から抹殺してやるから。よく覚えとけ!」
凄みのある声に杉田さんの肩がビクッと震える。
「結局ストーカーだったってこと?」
「病院まで付いてくるとか、ちょっと怖いよね」
その場にいた看護師達もヒソヒソと噂話を始め、杉田さんは耐えられなくなったのか、悔しそうに顔を歪めながら病院を飛び出して行った。
………
……………
「鈴乃、危ないからもっと俺の首に手を回して」
「でも、肩にファンデーションついちゃうよ」
「ついたっていいよ。ほら早く」
「う、うん。…これでいい?」
「よし。じゃあ、このまましっかり捕まってろよ」
「分かった」
病院からの帰り道、零士さんが私の体を背負って歩く。
タクシーだと吐き気をおこす為、徒歩15分の距離を歩いて帰ることにしたからだ。
申し訳なさと恥ずかしさを感じつつも、零士さんの匂いに包まれてホッと安心する。
「鈴乃」
「なあに?」
「良かったな、赤ちゃん」
零士さんから優しい笑みがこぼれる。
「そうだね。今日は二人でお祝いしようね。あと零士さんの実家にも連絡しなきゃ。麻里奈さんやお兄さん達にも」
「鈴乃のお兄さんやお父さんにもな」
「うん」
私はやっぱり幸せだと思う。
零士さんの背中に揺られながら晴れ渡る空を見上げた。