俺様社長に甘く奪われました

 精悍な顔立ちをさらに引き締めて答えたあと、望月は莉々子へとその視線を移す。


「あれ、使ってみたか?」


 ハンドクリームのことだとすぐに察したものの、木村と志乃のいる前でどう会話を繋げたらいいのか莉々子は戸惑った。


「あ、はい……」
「匂いは大丈夫だったか?」


 咄嗟に見た志乃の口から「匂い?」という言葉が小さく漏れたのを莉々子は聞き逃さなかった。
 ハンドクリームの匂いは、ここへ来る前に志乃と話題にしたばかり。普通に考えれば、それがなんであるかわかるだろう。

(どうしてこんな場面でその話を……!)

 とんでもない話の振りに莉々子の心臓は嫌なリズムで刻まれていく。


「だ、大丈夫です」


 ぎこちなく目線を逸らして莉々子があたふたとしていると、「では、まだチェックが残っていますので」と社長は現場スタッフの元へ戻った。
 木村と志乃に気づかれないように、莉々子が細く息を吐き出す。志乃の反応が怖くて顔を見られない。志乃は今、きっと莉々子への疑惑で満ちているはずだ。

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