俺様社長に甘く奪われました

 さすがは朝ソリの社長だけあって顔なじみの店らしく、女性は凛とした仕草でお辞儀をしたかと思えば、莉々子を見て目を丸くした。望月はこれから見合いだというのに、どうして女性連れなのかというところだろう。

 なにか言われたらどうしようかとヒヤッとしたが、格の違う店のスタッフがそんな余計なことを言うはずもない。“見ざる言わざる聞かざる”といった教育をされているだろうから。着物姿のスタッフは目の前のことに動じもせず、莉々子たちを静々と案内した。

 さきほど門から入ったときに見えた立派な庭を左手に見ながら進み、一番奥の座敷の前で立ち止まる。


「こちらでございます」


 気づかれないように莉々子が小さく深呼吸を繰り返して緊張を和らげようとしていると、望月は彼女の手をギュッと握った。莉々子がその顔を見上げると、口パクで『大丈夫だ』と言う。

 そうは言うが、この状況で緊張しない人はきっといないだろう。恋人を演じるだけではなく、見合いの席に乗り込まなければならないのだから。激しく打ちつける鼓動を落ち着ける術はない。莉々子の緊張は極限に達しようとしていた。

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