俺様社長に甘く奪われました
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翌日の夜。おっかなびっくりといった様子で莉々子が足を踏み入れたのは、ル・シェルブルのラウンジだった。真紀の言いつけに従いやってきたのはいいが、どこか場違いのような気がしてならない。
それとは裏腹に、控えめな照明の店内は黒を基調としたシックな内装。落ち着いた雰囲気が素敵で、莉々子は吸い寄せられるようにしてカウンターに腰を下ろした。ピアノの生演奏らしく、静かな音色が流れている。こんな機会でもなければ絶対に来ることのない、縁遠い場所だろう。
高級なラウンジで無料のチケットを出すことを躊躇したが、せっかくのものを無駄にするのはどうかと思い直し、意を決してバーテンダーにチケットを見せる。すると、「かしこまりました」とチケットを収め、「なににいたしましょうか」とスマートに注文を聞いてくれた。
カウンターに置かれたダイキリに口をつけたとき、聴いたことのあるメロディが莉々子の耳にふと届く。それは、少し悲しげで美しい旋律だった。
(これ、なんていう曲だったかな……)
心の中でラララと歌いながら、なんとはなしにピアノのほうへ目を向ける。するとそこに思いもよらない人物がいて、莉々子は思わず二度見してしまった。
自分の目をここまで疑うのは初めてかもしれない。一度ギュッと目を閉じ、もう一度見開く。そうしてもやはり、その人物を見間違えたわけではなかった。
望月奏多、朝ソリの社長だったのだ。