俺様社長に甘く奪われました

(どうして社長がこんなところで生演奏なんて。ピアノ、弾けるんだ……)

 呆けたようにその姿を見ていると、おもむろに望月の流し目が莉々子へと向いた。弾いている曲調のせいなのか、会社で見たことのある鋭い目とは違い、どこか憂いを帯びたような目だった。

 瞬間、莉々子の身動きが封じ込められる。ドキッとしたのは、思いもよらない場所で思いがけない人物が想定外のことをしていたからだ。なにかを捕えるかのように、強く莉々子を見つめる目にたじろぐ。

 多くの従業員を抱える会社のトップが、自分に気づくはずはないだろう。

 ところが、それは莉々子の誤算だった。その目に背を向けてしばらく経ち、ダイキリを飲み干すと同時に彼女の隣に人影が差す。


「こんばんは」


 いきなり声を掛けられて横を見てみれば、それは望月だった。
 驚いた声を上げそうになるのを堪え、莉々子も「……こ、こんばんは」となんとか冷静に返す。ぎこちなく目を前に戻して手持無沙汰にグラスを弄ぶ。

(どういうつもりなんだろう。私が朝ソリの人間だとわかって声を掛けたのかな)

 先日松永と社長室に行ったときの望月は、莉々子の名前すらわからない様子だった。

< 31 / 326 >

この作品をシェア

pagetop