俺様社長に甘く奪われました

 松永は、志乃が前もってコーヒーカップにヒビを入れていたのではないのかと言いたいのだろう。言われてみれば、あのときの志乃の行動は少し不可解だった。来客の後片づけをかって出た莉々子を一度は断っておきながら、その場まで行って引き返してきたのだから。カップを下げたときに、触れたら割れるように細工をした可能性はある。


「……そうなのかもしれないね」


 さらに言ってしまえば、奏多からもらったハンドクリームを破棄したのも志乃だったのだろう。

 志乃は小さなシグナルをずっと送り続けていたのに、莉々子はそれに気づけなかった。自分がもっと早く志乃の想いに感づいていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。奏多とのことを志乃に話したときの数々の場面を思い起こしてみれば、それらしい素振りをかすかに見せていたのにと、やるせない思いは莉々子の胸にあとからあとから溢れた。

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