軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
***

翌朝。侍女が洗面用の水と紅茶を持って起こしにくる前に目覚めたシーラは、自ら水場まで出向き、冷たい水でバシャバシャと顔を洗って決意した。

(今日は朝一番にアドルフ様に謝りにいくわ!)

散々泣き尽くしたせいか気持ちの落ち着いたシーラは、昨日の行いを深く反省した。

アドルフの話を聞く前に、彼が他の女性とキスしたかもしれないと勝手に落ち込み、そのうえ心配してきてくれた彼に拗ねた態度でひどいことを言ってしまったのだ。どう考えても自分が悪い。

走って自室まで戻ったシーラは近くにいた侍女を引っ張り込み急いで着替えを済ませると、なんと、同じ階にあるアドルフの寝室へと向かっていった。

「おや、シーラ様?」

「おはようございます。アドルフ様は起きてらっしゃる?」

早朝から皇帝の寝室にやって来たシーラを見て、扉脇に立っていた衛兵が何事かという顔をする。

「ええ、先ほど侍従が起こしにきたので、もうお目覚めかとは思いますが……」

衛兵がすべてを言い終わる前に、シーラは金細工のレリーフがついたオークの扉を忙しなくノックした。

「おはようございます、アドルフ様。シーラです。入ってもよろしいですか?」

「シ、シーラ様! いくら陛下がお目覚めになっているとはいえ、まだ朝のお支度の途中です。改めて出直された方が……」

なんともマイペースな皇妃の押しかけに、衛兵が慌てて止めに入る。

シーラとしては決意が鈍る前に謝りにきたかったのだけど、よくなかっただろうかとためらいが生じた。ところが、しばらくの沈黙の後、寝室からは「入れ」とアドルフの声で返事があった。

「失礼します。アドルフ様、おはようございます」

おそるおそる扉を開け部屋に入ると、ほんのりとシトラスの香りが鼻をかすめた。この香りには覚えがある。アドルフに抱きしめられたときに、時々鼻をかすめる匂いだ。

いつも微かにしか香らなかったので気づかなかったが、どうやら彼のケルニッシュヴァッサーらしい。

なんだかアドルフの懐に深く飛び込んだような錯覚がして、シーラの胸が甘く疼いた。
 
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