軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
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しかし、仲直りをして心弾ませるシーラをひどく落ち込ませる出来事があったのは、その翌朝だった。
いつものようにアドルフと朝食の席を共にし、食後にお気に入りのクリーム入りココアを飲んでいると、ふいに「シーラ」と真面目な声で呼びかけられた。
「俺はしばらく宮殿を留守にする。南イルジアにいる遠征軍が苦戦を強いられていると報告があった。俺が行って直々に指揮を取らねば、戦況を立て直すのは難しいだろう。今日の昼には援軍を率いて宮殿を出発し、南イルジアに向かうつもりだ」
真剣な口調で話すアドルフに、シーラは大きく目を見開いたまま固まる。
この国へ来て様々な教育を受け、もうじき三ヵ月になる。大陸では至るところで領土争いや大戦が起きており、ワールベーク帝国も小国集団のひとつである都市国家イルジアを巡り、他国と争いを繰り広げていることは、シーラも学んだので知っていた。
講師の話では、一年近い膠着状態が続きながらもワールベーク側が有利なのだということだった。しかし何が起きるのが分からないのが戦争だ。ここにきて戦況がひっくり返ってしまったらしい。
「アドルフ様……、戦場に行かれるのですか……?」
戦場が具体的にどれほど恐ろしいかも、シーラは授業で学んだ。銃弾や大砲が飛び交うだけでなく、海や山を越える長い行軍の途中で命を落とすことも珍しくないという。
この国では皇帝が戦場にも赴き自ら指揮をとるのが当たり前だということは、最初に聞かされている。しかし、シーラと出会ってからはこれが初めての出陣となるのだ。
戦争の恐ろしさを知り、アドルフへの情と恋心が育った今では、不安で不安でたまらない。
シーラはたちまち涙目になって震え出してしまう。
アドルフは一瞬苦しそうな表情を浮かべたが、すぐに真剣な面持ちになると、シーラの瞳をまっすぐ見つめて話した。
「シーラ。俺は軍人だ。自ら戦いの先頭に立ち、兵を率いてこの国を守ってきた。それがこのワールベーク帝国皇帝に課せられた宿命だからだ。お前もこの国の皇妃になるのだから、理解し、受け入れなくてはいけない」