ただいま冷徹上司を調・教・中!
『触らないでよ』

ちょっと前の私ならば、ひとことそう言って梨央の手を振り払っていただろう。

けれど今の私は違う。

顔も見たくないほど嫌いなことに変わりはないけれど、以前のように露骨に態度に出すのはやめたんだ。

これも平嶋課長のおかげだ。

平嶋課長は私に心のゆとりもくれた。

だから許すことはできなくても、取り繕いながらでも普通にすることができるようになったのだ。

「悪いけど私、急いでるの」

笑顔で返すまでは人間ができていないけれど、普通にそう返した私に一番驚いているのは梨央のようだ。

狐につままれたかのような、なんとも言えない顔をしている。

「じゃ」

今のうちだと言わんばかりに、その場をそそくさと去ろうとすると。

「平嶋課長とデートでしょ?」

梨央がにっこり笑ってそう聞いてきた。

「……私の予定をいちいち報告する義務はないでしょ」

詮索されたくもないし、関わって欲しくもない。

視線も合わさず人波を見つめている私に、「確かにそうなんだけど」と梨央は移動して私の視界に入ってきた。

「私、平嶋課長と同じ車両に乗ってたのよ」

思いがけない梨央の言葉に、私はとうとう梨央を真正面に捉えてしまった。
< 150 / 246 >

この作品をシェア

pagetop