真夜中だけは、別の顔
「伊吹……」
晴太の呼ぶ声に、ゆっくりと目を開けた。
これ以上誤魔化せるものでもない。晴太がそっと伊吹の肩を抱き寄せる動きに合わせて彼のほうへ顔を向ける。
真っ暗な部屋。カーテンの隙間からもれるわずかな月明りだけが部屋を照らし、伊吹を見降ろすように見つめる晴太と目が合った。
「……晴、」
名前を呼ぼうとしたその時、不思議な違和感を覚えた。
伊吹を見つめる目は優しく、晴太のようでどこか彼でないような違和感。こんな目は知らない。伊吹はいまだかつて、こんな目で晴太に見つめられたことはない。
その瞳の奥にあるのは欲情と──、言葉にするのは難しい。例えて言うなら月の光のような静けさ。
「やっと会えた……」
晴太が言った。
やっと? 伊吹は彼の言葉を頭の中で反芻《はんすう》する。
「初めまして。伊吹」
「……?!」
晴太の言葉に戸惑いを隠しきれない伊吹は彼の顔を凝視した。
『やっと会えた』とか『はじめまして』とか、……晴太は何を言っているのだろう?
そう思うのと同時に自身の口から漏れた言葉は自分でもあまりに予想外の言葉だった。
「──誰?」
目の前にいる男は、晴太の顔をし、晴太の声を発し、どこからどうみても彼本人。
なぜ、自分がそう訊ねたのか自分自身よく分からなかったけれど、こんな暗闇の中でもはっきりと感じるほど、目の前にいる晴太に違和感を覚えたのだ。
晴太と同じ顔を持ち、晴太と同じ声、匂い体温をもつ、この目の前の男は一体誰なのだろう。
見つめた先には、晴太の優しい瞳。
見慣れた男の顔が、どうしてか分からないが、どこか知らない男のようにこの時の伊吹には感じたのだ。