真夜中だけは、別の顔
翌日、仕事帰りに近所の図書館に寄り、そのあと行きつけのコーヒーショップに立ち寄った。
久しぶりに訪れた図書館は学生時代によく訪れていた場所。ほんの一年前まで学生だった伊吹にとって、ただ懐かしい場所であった。
解離性同一性障害──、かつては多重人格障害などと呼ばれていた。
晴太の不思議な行動の事例ははこちらに近いのではないか、とふと思い立ち図書館でその手の書籍を読み漁って帰って来た。──が、結局ますます頭が混乱するばかりでなんの解決にもならなかったというのが実際のところ。
昔、有名な作家が書いた二十四人もの人格が宿った青年のお話を読んだことがある。
SFやオカルトものは苦手だったが、あれはノンフィクション。世の中にはこんな病気に悩む人もあるのだと驚くのと同時に、その衝撃的な内容に夢中になってシリーズを読破した覚えがある。
もし、仮に。晴太が、そう、だとして。
あの夜の蒼月《あつき》という男は、いわゆる別人格というやつなのだろうか。
「……はぁ」
コーヒーショップの窓際の席で、小さく溜息をついた。図書館でちょっとかじった程度の知識しかない伊吹がいくら考えたところで、その答えが出るはずもない。
窓の外を眺めていると、交差点の横断歩道を見覚えのある男がこちらに向かって歩いてくる。
少し長めの前髪。細いシルバーの眼鏡を掛けた濃いグレーのスーツがよく似合う、いかにもビジネスマンといった感じの男性。
「あ……昴さんだ」
昴は晴太の恋人。伊吹も何度か一緒に食事をしたことがある。
晴太のことを聞いてみようか──、そう思って立ち上がりかけた腰を再び戻したのは、昴に駆け寄る晴太の嬉しそうな顔が視界に入ったから。
これからデートなのだろう。晴太の顔が思いきり緩んでいる。
本当に好きな人の前で見せる晴太の顔は、あれなのだ。
伊吹に見せる顔がどんなに優しかろうが、それは友人に対して向けられるもの。
「……ふふ、だらしない顔しちゃって」
ああいう、少し子供っぽい笑顔の晴太が好きだ。
人を好きになると、狡くなる。
たとえ気持ちがなくても、こちらを見ないとわかっていても。晴太が私に触れるあの時間を手放したくないと思っている自分は酷く浅ましい。