真夜中だけは、別の顔

   *  *  *

 蒼月が初めて出会った人間は、伊吹だったのだと彼は言った。
 酒に酔っていて意識が朦朧とする中、うっすらと見えた私の顔と声、背中をさする手の感触だけを鮮明に覚えていると言った。
 蒼月が“表”に出ることができるのは晴太の意識がないときだけ。“表”にいないときは晴太を通して伊吹を見ていたのだという。
 蒼月は、普通の男だから気づいたのだ。伊吹が晴太を想っていること。その想いを抑え込んでいること。
 蒼月は、思うようになったという。そんな伊吹の想いに応えることはできないか──、と。


   *


 時折現れる蒼月に抱かれ、話をするうちに、伊吹は蒼月と晴太とは全くの別人格であるということにどこか納得できるようになっていた。
 昼間見る晴太と、夜見る蒼月は、その身体こそ顔こそ同じだが、表情が全く異なる。
 伊吹はその手の医学的な知識があるわけではないし、蒼月のそれが晴太の演技かも、といわれればそれを否定できる確かな材料など見つけられない。
 第一、晴太がそんな手の込んだ嘘をつく意味が分からない。悪戯にしてはさすがに度が過ぎている。

 言葉で違いを説明するのは難しい。
 けれど、伊吹には分かる。晴太の目の奥の光と、蒼月の目の奥の光は、まったく別人のものだ。


   *


「このまま僕が晴太になり変わったら、伊吹はどうする?」
「……え?」

 今夜も伊吹を抱きながら蒼月が訊ねた。
 
 伊吹はもう、彼の訪問の度に寝た振りなどしていない。
 夜中に部屋を訊ねてくるのが蒼月だと分かっているし、彼が伊吹に触れないことなどないと分かっているから。
 正直、自分でもよく分からなくなってきている。自分は本当に晴太が好きだったのか、それとも晴太の見た目だけが好きだったのか。

 ただ、晴太が自分に触れてくれるのが嬉しくて、その瞬間を手放すのが怖くて。
 けれど、それが蒼月だと分かってからも抱かれ続けているのは、伊吹自身も蒼月を欲しいと思っているから。
 
 晴太は、晴太であるもののそのすべてが晴太なわけではない。
 反対に、蒼月も蒼月であるもののそのすべてが蒼月なわけではない。

 時々分からなくなる。晴太が好きだから蒼月に抱かれるのか、蒼月が好きだから抱かれているのか。 


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