真夜中だけは、別の顔
よく通る晴太の声と比べて、蒼月の声はそのトーンが少し抑えめ。
電話の受話口から聞こえる晴太の声に、ずっと昔、耳元で甘く響いた蒼月の声を重ね、その声を聞くたびに身体が熱を持つことを繰り返していた。
まだ覚えている。まだ、消えない。
蒼月が私に残した甘い記憶。
蒼月は、今どうしているだろうか。今もまだ、晴太の中にいるのだろうか。
知りたいけれど、今の伊吹にそれを知る術はない。
いまでも時々思うことがある。
あの時、私がしたことは正しかったのだろうか──と。
「本宮。信号、青。渡っちゃおうぜ」
三輪に声を掛けられて顔を上げた。目の前の歩行者信号が青に変わっている。
「はい」と返事をして歩き出した。信号を渡ったところにあるコーヒーショップに何気なく目を留めた。晴太と暮らしていた頃、仕事帰りによく寄ったな、などと懐かしさを覚えながら。
「──ブちゃん!」
そうそう、こんなふうに晴太と──。
昔を懐かしむような回想を中断させたのは、どこかで聞いた……いや、聞き覚えのあり過ぎる懐かしい声。
「──えっ?」
ハッと我に返り、伊吹は辺りを見渡した。人通り、車通りの多い交差点。行き交う人々に視線を走らせても、伊吹を呼んでいるような人影は見当たらない。
「どうした、本宮?」
「……あ、なんか知り合いに呼ばれた気が……」
そう言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
そんなはずはない。晴太は未だこの街に住んではいるが、何の連絡もなしに、こんなところで偶然会えるなど、そんな都合のいいことが起こるはずもない。
気のせいか、と思いなおし「すみません。行きましょう」と三輪に声を掛け歩き出したところへ再び聞こえてきた声。
「イブちゃん!! ──つか、ブッキー!! こっちだっての。シカトすんなって」
今度ははっきりと聞こえた。隣にいた三輪も、その声に気付いたのかキョロキョロと辺りを見渡した。
「……晴太?」
いつも仕事帰りに寄っていたコーヒーショップから、慌てたように駆け寄って来る懐かしい顔。
見慣れない堅苦しいスーツなんか来て、明るい髪が、随分と落ちついた色に変わってて。一瞬、誰かと思うような出で立ちではあったが、それでも彼が分からないほど浅い付き合いではない。