《短編》ガラクタ。
「やっぱお前の顔、別人だよな。」


玄関でパンプスに足を通した時、背中から聞こえた声はアラタのもの。


相変わらず口元を引き攣らせるようにして顔だけで振り返り見れば、すっかり起きたのだろうか、いつも不敵な顔があたしを捕えている。



「…そんなことしか言えないの?」


「好きな時にここ来て良いから。」


「……え?」


「来るとき一応電話入れといて。
電源切ってなきゃ、大抵は家に居るから。」


自分の中で話を進めるのはアラタの悪い癖で、あたしは言われている言葉の意味さえまだ、噛み砕いてはいないのに。


てか、電源切るってどういう状況だと言うのだろう。


首を傾けたその刹那、触れた唇にやっぱり驚いて、キスを求めたわけじゃないのにと、ため息だけを混じらせてしまう。



「気が向いたら来てあげる。」


「…我が儘子め。」


「うるさいよ、ムカつく太郎。」


そんな会話に何だか肩をすくめてみれば、彼は口元だけで小さく笑った。


笑って、そしてあたしの頭を軽く撫で、“気をつけて帰れよ”と、そんな台詞。



「また抱いてやるからな。」


「楽しみにしてる。」


その台詞は、多分あたしの本心だっただろう。


いつも冷たい瞳のアラタが不意に見せる柔らかい顔も手伝い、あたしは幾分上機嫌のままに手をヒラヒラとさせ、彼の部屋のノブを引いた。


ドアを開けてみれば半分以上登った陽に照らされ、思わず目を細めてしまうのだけれど。


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